BERSERK−スケリグ島まで何マイル?-
真面目な文から馬鹿げたモノまでごっちゃになって置いてあります。すみません(--;) 。

2006年02月04日(土) 「青い狐の夢」12



「陽が高くなってきたな。では帰るとしよう」

 青い狐の神託を語っていた者とは別人の様に、ヤーノシュは顔をあげ俗世の顔に戻った。事実、荒野は陽に照らされて、乾いた風が丈低い草木の上を凪いでいった。

「『どうして自分をかまうのか?』とでも言い足そうな顔だな。
 学生からの質問はいつでも受けつけておる。
 君の様な優秀な生徒ならなおさらだ」

「……いえ、教授ともあろうお方が
 占いを信じておられるのかと、不思議なのです」

 ヤーノシュの後ろからセルピコは丘をゆっくりと下る。
丘でも山でも、いつも登るより下る方が注意が必要なのだ。

「ふん、野暮な物言い様だ。占いはあたるも八卦、あたらぬも八卦。
 それでなくとも”神はサイコロ遊びをなさる”のだ。
 占いで神託がおりても、次の瞬間から刻々と己の行く道など
 変化していく、あたかも物理現象の様に、だ」

「……失礼ながら教典での教えはいささか
 違ったものだったかと思うのですが……」

「優等生の模範的答えで真に結構。
 だが”世界”があんな小さな書物に収まる大きさと思うかね?」

「……」

 セルピコにもそれは実感として思い当たる。
 もし教典で説かれる神がいるのなら、病、貧苦、身分の著しい不平等の世界など造る訳がない。その神が”人間の為”の神であるならなおの事だ。
 病と貧困に苦しむ母親は、理性が利かなくなっても祈っていた。世界や、愛した男がいつも自分を気にかけてくれていると、夢想していた。とっくの昔に見捨てられていたのに。過去は過去でしかなく、変化を認めない、認められないで狂った女。
 世界が己の求める物を与えないでの、怒り狂うファルネーゼ。いくら生身の人間を鞭打っても、彼女の乾きは収まらない。
 彼女らは、世界に、男に何を期待しているのだろう……。

「では、世界の創造主は、我々人の存在を気にかけてなどいないのでしょうか?」

「我々人が期待する様な形では、気にしていないのかもしれん。
 なにせ万物を創造した主なのだ。創造物の一つである人の事ばかり
 気にかけてもいられんだろうよ」

「人は、神に似せて造られた特別の創造物と教えられました」

「トラか家畜ではない動物に聞いてみたまえ。聞ければだが。
 彼らも、自分達は特別の存在であると答えるだろうさ」

「なにか、昔の賢者のおとぎ話みたいな問答です」

「それもそうだな……」

 ヤーノシュは大きな腹を揺すって息を吐いた。
丘の途中で一息付いたのだ。

「さて、散々引きづりまわして悪かったな。
 これが君につきまとった理由だよ」

「………」

 ヤーノシュは、懐から二通の封蝋された書状を取り出した。
セルピコはものも言わずに受け取る。
いつも通り、一通はセルピコ宛、もう一通はファルネーゼ宛だ。

「ヴァンディミオン卿からだ。そして今、修道院長は大審院に
 召還されて留守なので、私がこの書状をあずかったのだ」

「……大審院が動いて、ヴァンディミオン家に関わりのある事なのですね?」

「ご名答。あのヴァンディミオン家の娘御に聖鉄鎖騎士団団長の
 話が持ち上がっておる」

 ヤーノシュもセルピコも、思わず一緒に尼僧院の方向を仰ぎ見た。
丘の中腹からはわずかに鐘楼の尖塔が見えるだけだ。

「……ですが、あの方は尼僧院にお入りになりました。
 いかなる高貴の婦人と言えども、出る事はかなわぬと……」

「何事にも例外はあるさ。大審院は伝統に従った
 お飾りが欲しいという処だろう。
 ちょうどいいのだよ、栄えある高貴の血筋に麗しい容姿。
 前任の団長殿は、騎士の一人と恋仲になって腹が膨れて職をとかれた。
 『処女にして娼婦』と揶揄された、男ばかりに女一人の団長など
 凶状持ちのあの娘御にはうってつけの役だ」

 話しながら、ヤーノシュはヒリッとした冷気を感じた。
封蝋を解いて、ただ静かに己の書状に目を落とすこの青年の
逆鱗に触れたのかと思った。

「……その不品行も今は昔の話だ。
 その前団長殿も幸せな結婚に落ち着いた。
 アザン殿が聖鉄鎖にきてから、だいぶ規律が引き締まったと聞いている。
 君が心配する事は何も無いよ。
 で、聞いてもいいかね、ヴァンディミオン卿はなんと?」

「……御館様はファルネーゼ様が聖鉄鎖騎士団団長に就任なさるので
 引き続き警護役を務めよ、紋章官の役職を用意してある、と。それだけです」

「随分話は進んでいるのだな。では君は早晩神学生をやめて
 こんどは聖鉄鎖騎士団に入るのかね?自分の希望如何に関わらず」

「……教授、私ごとき下々の者に希望も自由意志もありません。
 ましてや、選択肢などないのです。
 与えられた職務を全うすれば、明日の食事と寝床は保障される。
 それだけで満足なのです……」

「そうか……。君にとって、学ぶ知識も知恵も世界も
 指からこぼれ落ちる、砂のごとき代物なのだな」

「そうとも言えますね……」

 自分の周りにはいつも人間がいて、浅ましく情念に突き動かされながら生きていた。自分はそこから逃れられない。
私は、広々として、美しい知恵に彩られた世界など見た事がない……。

「残念だよ……」
 
 物寂しいヤーノシュ教授の声音を、セルピコは遠く聞いた。





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