BERSERK−スケリグ島まで何マイル?-
真面目な文から馬鹿げたモノまでごっちゃになって置いてあります。すみません(--;) 。

2006年02月05日(日) 「青い狐の夢」13:ダーク描写ありますご注意を



ダークな描写あります。
お読みになるかどうかはご自身で判断なさってください。
読後の責任は負いかねますが
「こんなもん書くな」とか「へたくそ!」等の
ご意見メールは受けつけておりますので
苦情はそちらからどうぞ。

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 法王庁の軍隊が、さして得る事もないであろう祖末な家に土足で上がり込んでいた。甲冑を着込んだ騎士達の重みで、家はきしみ壊れてもおかしくない有様だ。目当ての人間がいないので、騎士達はざわめいていた。笑っていた。
 この屋の住人は、石造りの家の間、じめついてゴミや汚物やらがぶちまけられた、狭く暗い境に身を隠していた。この家屋の主人とその妻に子供達。男は騎士達の笑い声を聞き、憎悪と悔しさに我が身を呪った。いや、呪われるべきはあの者達だ。
 自分達はただ「日々の糧が欲しい」と言っただけだ。貴族や僧侶の様な生活をしたいなど言っていない。確かに貴族の館を焼き討ちにし、略奪をはかった事は神の御心にはかなうまい。しかし、その王侯貴族達は同じ事をして、日々肥え太っているのだ。
 生まれが高貴な僧侶達の中からも、神の前の万民の平等を説いて火刑になった者も少なくなかった。もしこの世に正義があるのなら、我々が正しい。正しいはずだ……。
 カチリと金属の音がして、男の妻と子供達が身を震わせる。妻は子供達の口を塞いでいた。逃げられなかったか……。夜目にもわかる金髪と、聖鉄鎖騎士団のタバードを羽織った若い騎士がこの狭い場所を覗き込み、男と目があったのだ。

「……逃げなさい」

「!?」

 予想だにしない言葉だった。どう見ても法王庁の軍隊の騎士ではないか?
だが彼は続ける。出来るだけ小さな、しかし通る声でもって。

「…早く逃げなさい。ここを離れて、川を下って一刻も早く
 法王庁の力が及ばない自由都市へ逃げ込みなさい。
 団長が来てしまいます。それではもう僕には助ける力はありません。
 早く、振り向かないで、逃げなさい!」

「セルピコ、そこに誰かいるのか?」

「いえ、ネズミだと思います……」

 男がセルピコの言葉にうなずいて、家族と共に奥へ走り去ろうとしたまさにその時、女の声が近づいてきた。こんな時のファルネーゼは不思議と勘が良かった。

 セルピコと呼ばれた若い貴族の前を、その屋の一家が引き立てられていく。彼は先ほど言葉を交わした男を見、微かに視線を落とした。

「恨んじゃいません、ありがとう」

 男は薄らと開かれた若い貴族の瞳を見た。あの暗がりの中、奇妙に感情のない薄い色の瞳は酷薄で、まさかあんな言葉を吐くとは思えなかったのだ。
 若い貴族は一度男を見、また静かに立っているだけだった。


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 ……教授…ヤーノシュ教授、僕はもっと貴方と話をするべきだったのかもしれません。つかの間の間でしたが、世界の謎や知識の探求について、もっと話をするべきだったと思います。世界はもっと広いのだと。自分が知り、捕われている世界は小さいのだと、逃げられるのだと、知るべきでした。
 今の僕は、邪教徒を狩る仕事に携わっています。邪教徒と言っても、彼らが背徳の教えを信じたとか、何か罪を犯したとかそんな事はありません。ただ明日の食べ物を欲しいと言っただけです。彼らには何もありません。彼らが口にした事は「異端」と呼ばれました。貧しい人々が、言葉の罪だけで火に焼かれ、殺されていきます。
 聖都の大聖堂の前、火刑場は今や昼も夜も火が絶える事はありません。ほんの数刻前に言葉を交わした人間が、安い薪の様に火に焼べられ、僕の目の前で骨になっていきます。
 哀れなのは庇う親もいない孤児達で、食べ物を盗んだだけで火刑に処されました。僕も昔同じ事をしていたのに。子供達は恐怖に声もでないまま、抱き合ってすぐに火に包まれます。子供を二人一緒に焼くのは、もっぱら薪の節約の為だそうです。食事らしい食事をとっていない子供達は、すぐに骨になり灰になって、炎にまかれ天に昇っていきました。

 もし教圏の教えが本当であるのならば、邪悪なる魔女は我々である筈です。こんな理由の為に、多くの人々を火で焼き殺す事が出来るのですから。
 火あぶりにあう彼らが、魔女や悪魔である筈がありません。彼らはあまりにも無力で、ただ殺されていくだけなのですから。
 聖鉄鎖騎士団の中でも、この一方的な火刑に疑問の声をあげる者もいました。騎士といえど、それ相応の学識、教養をもった人物もいるのです。ですが彼は、団長の、しいては大審院の不興を買い、騎士団を追われました。自分から聖鉄鎖騎士団から離れる貴族もいます。あまりに惨い光景に耐えきれなくなったのです。この凄惨な場から逃れる者を、卑怯であると誹る者もいます。騎士に、貴族にあるまじき行為だと。
 しかし、それは違うのです。普通、人々が穏やかな暮らしをしていれば、この様に業火が絶えず燃え盛る事などありません。我々の生活には、通常この様に大きな炎はいりません。日々、わずかにパンを焼き、湯を温めるわずかな火で十分なのです。
 火刑は永遠に続く山火事の様です。大きな炎から動物は逃げます。鳥もネズミもオオカミも、火の後に、奇跡の様に再生する樹木をならいざ知らず、逃げる脚や翼を持つ者は、地上の業火から逃げ出すのが真の姿なのです。
 ここに留まるのは、人間、僕たちの様な人間だけです。残った者は内心、嫌な責務と思っていても、やがて炎で人が焼かれる前で、談笑し酒を飲む様になりました。
 僕は、仕える主人がいるが故、この場にとどまっています。燃え盛る火で人々が焼かれていく様を、なんの感慨もなく見つめています。僕の主人が、かのヴァンディミオン家の令嬢で聖鉄鎖騎士団の団長です。
 彼女は大審院から異端者狩りを命ぜられ、たいそう熱心に職務を果たしています。火で焼かれる人々を見る、ファルネーゼ様の白い陶器の様は頬は紅潮し、神託を受ける巫女の様に美しくさえあります。
 ファルネーゼ様は精力的に活動なさり、日々多くの邪教徒、異端者を火刑に送ります。その度に、うっとりと人が炎に焼かれる様を見つめるファルネーゼ様。ファルネーゼ様の渇望は、どんなに人を火に投げ込んでも埋まる事は無いかのごときです。
 僕は、ファルネーゼ様が、こうなってしまった理由を知っています。彼女が欲しかったモノを、僕が決して与えなかったからです。あの閉じた邸宅で、いくら鞭打っても、彼女が真に望むモノを与えなかった男。あの方は、僕を鞭打ちながら、無力感に苛まれていました。ご自分の求める物が何なのか、自分をこうも苛立たせる男達は何を考えているのか、判らないからです。




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