BERSERK−スケリグ島まで何マイル?-
真面目な文から馬鹿げたモノまでごっちゃになって置いてあります。すみません(--;) 。

2006年02月02日(木) 「青い狐の夢」11



 一晩明けて、セルピコは荒野の丘を登っていた。
思えば、朝この丘を登るのは初めてかもしれない。
朝日でも十分背中を暖めてくれる。
今日は予定調和の様に晴天だった。
小さなネズの木と、その側に立つ恰幅のいい男の姿があった。
ヤーノシュは存外早起きの人間の様だ。
 ”年寄りは朝が早いと言いますものね……”
ヤーノシュの姿を認めながら、セルピコはひっそりと心の中で思った。

「遅い!遅すぎるぞ、セルピコ君。君までもか!
 まったく最近の若いもんはなっておらん」

 おかんむりの上、ヤーノシュは朝から元気もよかった。
精力的な方だ……。セルピコは少しげっそりする。

「遅くなったのはお詫び致します。ですが言い訳もさせてください。
 僕はこれでも朝食を抜いて、まっすぐに此所へ来たのです」

「ふん、そんな事だろうと思った。
 これでも齧りたまえ」

 教授はまたしても、懐からパンの塊を取り出して
セルピコの手に押し付けた。

「あの、これは…」

「私の学生へのささやかな心づくしだ。
 エールもないと不満かね?」

「いえ、そんな事は……」

 さっそくありがたく頂戴したパンだったが
丘を登った乾いた口には、多少食べづらい食物だった。
口の中の水分をもっていってしまう。
 エールの一杯でも飲んでくればよかった……。

「こっちだ、早く来たまえ」

もふもふと乾いたパンと格闘するセルピコを
ヤーノシュがネズの木の下から手招きする。

「ヤーノシュ教授、なにか急ぐ必要があるのですか?」

「あるともさ」

 当たり前と言わんばかりにヤーノシュはセルピコに振り返る。
陽が高くなればなるほど、青い狐の足跡は他の動物、人間の痕跡に
かき消されてしまう。それはすなわち、夜の力、青い狐の神託が
昼の俗気に触れて消えてしまうことなのだ。
 オラクルですって?セルピコはその単語を聞きとがめた。

「占いに”もう一度”は無しだ。それが作法というものだろう」

「はあ、それで肝心の神託はきているのでしょうか?」

「読み解くのは私だが、骨を置いたのは君だ。
 君も一緒に見なければならん」

 半ばヤーノシュに引きずられて、セルピコは昨日の場所を案内させられた。

「ここです」

 セルピコが指差した場所には、確かに何かの動物が鶏の骨を噛み砕いた
痕跡が残っていた。それに足跡らしきもの。
教授は黙ってそれに見入っている。

「………シリウスの二重連星………」

「はぁ…」

「…燃え盛る炎、そして女、か……」

 獣の足跡を凝視しながらヤーノシュは続ける。

「女運がひじょーーーーーにわるいな。呆れる程わるい。
 君は女達にとって、とても都合のいい人間らしいな。
 それに嫌気がさして、君は一度エクソダスを試みた。
 しかし逃げた先には、燃え盛る炎の女がいて
 君をひたすら凍えさせる。 おかしな火だ。
 火の傍らにいるのに少しも暖められる事はない…」

 セルピコはいつしか、戯れの占いに耳を傾ける。

「……ヤーノシュ教授、シリウスの二重連星とはなんなのですか?」

「君はケプラーの言う事を信じるかね?それとも教典かね?」

「ケプラーを」

「私にとっては合格だな。この地はあの大いなる陽の周りを回っている。
 その大きさたるや、天使の領域だ」

 ヤーノシュは太陽を仰ぎ見た。

「そして、天は深く広大で、あの太陽の様な星が
 二つ連なって一つに回っている。それがシリウスの二重連星だ。
 我々にはまだ確かめるすべは無いが、シリウスは二つ太陽の輝きなのだ」

「僕はケプラーがそう言っていたとは知りませんでした」

「いや、これは土地の古い伝説だ。
 二つで一つ。絶妙な重力のバランスによって二つの星は回っている。
 君には何か心当たりがあるだろう」

「………」

 セルピコは黙って聞くしかない。

「君はこの先、もう一度エクソダスを考える。
 それはついえるだろう……。
 どうしてこんな女の側にいる……とは問うまい。
 ひどく混みいった事情が、君の中にもある。
 だがエクソダスは悪い概念ばかりではない。
 運命は君を打ちのめすが、諦めるな。
 遠い未来、新天地を求める事、デアスポラ
 君自身の為に選びたまえ」

「……こんなに陽が射しているのに
 僕にはまるで夢の中にいる様です……」

「そうだ、これは『蒼い狐の夢』なのだから」


 


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