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再録:夜の間に(笛/三上)。
2010年02月26日(金)
彼女にとって、一体自分はどんな風に見えているのだろうか。
目を開けたとき、三上亮は視界に広がる景色と視点の低さに驚いた。
「あ、起きた?」
上から降ってくる声。体勢のぎこちなさに気付いたのと、髪を撫でる手が出現したのはほぼ同時だった。
「……あ?」 「よく寝てたみたいね」 「…………………」 「まだ寝る?」
ちょっと待て。 穏やかな彼女の声を頭上に聞きながら、三上はずるりと身体の位置を変えた。視線の真上に、いつもと同じように笑ってる恋人の顔が見えた。 …まさか、この歳で膝枕をされるとは思わなかった。 どちらもごく普通に服を着ているので、とりあえず何かがなかったことだけはわかる。
「え? あ?」 「どうかした?」
寝起きの頭が上手くまわらず、記憶が混乱しかけた三上に、彼女が首を傾げる。
「なん…で」 「…覚えてないの?」 「……………」 「帰ってきて、ご飯作ろうかって言ったら、それより眠いから寝るってすぐ寝ちゃったでしょう? 寄りかかったまま寝るより、こっちのほうが寝やすいかと思って」
そういえばそんな会話を交わした気がしないでもない。 疲労の極限に達していたかもしれなかったので、空腹より眠気のほうが先に立つ己の身体は三上自身がよく知っていた。 だからといって、女性の膝を枕にして熟睡出来る自分も妙に情けない。彼女のほうが全く気にしていないようなのは幸いだが、複雑な心境だ。 眉を変なかたちに曲げて、どこか困った顔になった三上に彼女はためらうことなく真っ直ぐ視線を落としてくる。
「試合大変だったものね」 「…1ゴール2アシスト」 「うん。ニュースで見た。お疲れさま。頑張ったじゃない」
顔にかかった髪を払われ、ふわふわとそのまま頭を撫でるその仕草。 まるで子供に対するそれで、正直三上は心臓のどこかがむず痒い。見上げればすぐに交差する視線を、自分からわざと外した。
「三上?」 「…別に」 「そう? 起きてご飯にする?」
髪を梳く彼女の手からは、いつもと同じ香水の匂いがした。 三上はその手をそっと掴むと自分の閉じた目の上あたりに置いた。少し冷たい相手の手は、寝起きで火照った目許に心地よい。 彼女は嫌がらずそのままにしていてくれた。
「…いい」 「お腹空いてないの?」 「そうじゃなくて」
子供扱いでもまあいいか。 瞼を閉じたせいで、再度眠気が舞い戻ってきた三上は日頃より素直な感情が表に出る。眠いと本音が出る自分の性癖を、彼女はもうとっくに見抜いているだろう。
「…もうちょい、このままがいい」
怠ければ厳しくされるが、頑張れば甘えさせてくれることを知っている。 目の上に置いたまま離さなかった手を、ほんの少し強く握った。
「はいはい」
彼女がくすくす笑う様子が、目を閉じても伝わってくる。 戸惑うことなく受け止めてくれるその心が嬉しくて、彼は安堵した気持ちのまま再度眠りに落ちた。
******************* 再録劇場続行中。
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