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再録:バレンタインの結末(笛/渋沢と三上)(中2ぐらいで)。
2010年02月19日(金)
人間は味覚で死ねると一瞬でも本気でそう思えた。
それはまるで血を抜かれ冷凍保存されたマグロが魚河岸に転がっているような光景だった。
「……………………………………………」 「大丈夫か、三上」
答える声がない。渋沢は覗き込んだ二段ベッドの下段に向かって、苦笑とも微笑ともつかぬ曖昧な表情のまま息を吐いた。
「あれぐらいで何だ、情けないヤツだな」 「……っるせえ…」
ややくぐもった青色吐息の悪態が返ってきたが、所詮青色である。全く気にすることなく渋沢は買ってきた冷たい緑茶の缶を、うつぶせになっている黒髪の上に置いた。 黒髪の同室者はそれでも枕に顔を埋めたまま動かない。
「…泣いてるのか?」 「ちげーよ!」
がばりと顔を起こした三上の黒色の目は濡れていた。白目の部分が赤くなるまでは至らないが、それでも多少の涙腺が刺激されているのは明らかだ。 素直に言えるはずもないか、と渋沢は内心で親友のプライドを慮り、それを見ていない振りをした。 動いた拍子に三上の頭を滑り、布団の上に落ちた缶を渋沢は指さす。
「まあそれでも飲んで落ち着け」 「………………」
無言のまま三上はプルタブを勢いよく開け、喉を鳴らして缶一本分の緑茶を飲み干した。さすがにそれで口を濯ぐような品のない真似はしなかった。 空になった缶を右手に持ったまま、左手の甲でぐいと口許を拭った三上の顔はまだ涙目だ。少しつついたら泣き出しそうな顔に、渋沢の多少の加虐心が疼いたが友情を尊重しぐっと堪えた。 このプライド高い友人が、ここまで弱った顔を見せたのは初めてだった。
「…そんなにダメだったのか、チョコレート」
確実に甘党の部類に属す渋沢には、どうにも理解し難い境地だった。すでに疲れきった顔の三上はおとなしくうなずく。
「まあな…。あんだけの量一気に食うんじゃなかった」 「あれだけ、って、たかがあれぐらいだろう?」 「お前と一緒にすんな」
自分も充分特殊例だという自覚がないのか、三上は眉をしかめてそう言い放った。言われたほうの渋沢は己が甘党という自覚があるために、適当に笑って受け流す。 けれど報復は忘れない。
「泣きたくなるほど嫌いなくせに、それでも全部食べたんだな。山口効果は強いな」 「うるせえっての」
半年以上にも及ぶ片思いの末につい先日付き合い始めたばかりの彼女の名を出されると、布団の上で胡座をかいていた三上がふいと顔を背けた。 日頃格好つけたがる癖のある友人が見せたその子供じみた仕草に、渋沢は意外さと微笑ましさを覚える。
「だあ! 笑ってんなボケ!」
口許を手で隠した渋沢に、三上がとうとう怒鳴った。 しかし渋沢にしてみればそれこそ照れ隠し以外の何物にも見えず、それがまた微笑ましい。
「わ、悪いな、お前もそういうところあったのかー、とかな、うん」 「どういう意味だっつーの。…言っておくけどよ、彩にこのこと言うんじゃねえぞ。あいつそういうの気にするだろ」 「ふうん?」 「…んだよ」 「ちょっと前まで山口って呼んでたくせにな。そうか、今は名前で呼ぶのか」 「……ッ! 黙ってろ!!」
一発爆発し、三上が再度枕に沈んだ。 くくく、と喉の奥でこそ笑えども、とりあえず笑う声を抑える努力をしつつ渋沢は手を伸ばしてその後頭部をぽんぽんと叩く。
「お前、意外と純情だったんだな」 「――――― !!」
三上亮、プライド崩壊まであと三秒。
******************* 再録祭りである(2010年現在)。
当時の日記コメントによると、これ、大学の成績発表日に書いてました。 で、無事卒業に必須な単位と卒論成績ついて、よっしゃ卒業できるぞー!! と喜んでるコメントがついてました。 そんな単位ギリギリだったのか、とかどうか言わないで欲しい。 ギリギリでいつも生きていたかったんだよ(古い)。
これ書いたときは、ぶっちゃけ次の進学先が決まっていたので、こっちの大学卒業出来ないともうすでに支払っている進学先の大学部入学金パーになる!(親に申し開きが出来ない) というプレッシャーがありました。 自分でお金を稼ぐようになってわかる、決して安くない授業料を払ってくれた、両親の有り難さ。 恵まれていたんだと思うからこそ、その恵みをムダにはすまい、と思った時期でした。
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