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ふたり(デス種/ホーク姉妹)。
2007年05月13日(日)
泣いても笑ってもこの世でふたり。
「お姉ちゃん!」
初めて降りる艦のモビルスーツデッキに、懐かしい声が響いた。
ラダーで愛機を降りるルナマリアに向かって、少女が赤い髪を乱しながら走りよってくる。その泣きそうに歪んだ顔に、ルナマリアはほっとする反面、立ち止まった妹の顔つきにかすかに戸惑う。
他国の艦の中で、久しぶりに顔を合わせた妹は、やけに大人びて見えた。
「ごめんねお姉ちゃん、心配かけて」
ルナマリアよりもやや明るい赤毛を結わずに私服で立つメイリンは申し訳なさそうに微笑む。身体の前で重ねられた手、伸ばした背筋。その凛然とした態度が甘ったれだった『妹』の成長のように思え、ルナマリアは何を言っていいのかわからなくなる。
オーブ艦にメイリンがいるとルナマリアが知ったのは、プラントへ帰還する寸前のことだった。所属艦であるミネルバは艦長のタリア・グラディスを初め多くの人員を喪失しており、混乱の極みにあったが、アスラン・ザラの助力を得てルナマリアは帰還前にこのオーブ艦を訪れることが出来た。
「…あんた、自分が何したかわかってる?」
それでも『姉』のプライドが、ルナマリア自身に狼狽を許さなかった。かつて一緒に並んでいたときと同じように、腰に手を当て、高圧的にルナマリアは妹と対峙する。
怯むな、と己を叱咤し、ルナマリアは短い髪をさっと払ってからきつく妹を見据えた。
「自分が、どれだけ他人や組織に迷惑かけたかわかってるの」
「…わかってるよ。だから謝ってるんじゃない」
「わかってたら、どうしてすぐ戻って来なかったのよ!」
高い声がルナマリアの喉から飛び出た。
メイリンが一瞬びくりと身体を萎縮させる。その様子にルナマリアは溜飲が少しだけ下がったが、その程度で憤激が治まるような生易しい矜持は持っていない。
「基地のメインサーバへの不正アクセス、データベース改竄、脱走者の逃走補助、敵軍への情報提供行為、これだけでも銃殺刑になってもおかしくないのよ!」
怒鳴りつけながら、ルナマリアは心の底で自分の馬鹿さ加減を思い知る。
一時はもう二度と会えないと思った唯一の妹と、こうして無事再会できたというのに、最初からこれだ。再会の喜びに涙の一つも流してやれない。
メイリンは何も言わず、ただじっとルナマリアを見つめている。自己弁護はせず、ただ姉の尤もな怒りと憤りを受け止めようという覚悟が凪いだ瞳に浮かんでいた。
前なら、ルナマリアがこんな風に怒気を露にすれば、彼女は唇を尖らせて言い訳をしたものだったというのに。
「もう、あんた、一体何だっていうのよ…!」
何が妹を変えたのか。
何が妹を裏切りの道を歩ませたのか。
何となくわかっているそれを、ルナマリアは認めたくなかった。
「レイが死んだわ」
その名を口にするだけで涙が出そうになり、ルナマリアは強く舌を噛んでそれをこらえる。
愕然とした顔になった妹を仇のように見据えながら、乱暴な仕草でメイリンの服の襟元を掴んで顔を寄せる。間近に見える妹がますます泣きそうになった気がした。
「レイだけじゃない。艦長も、あんたの同期の子も、たくさん死んだのよ!」
誰かが死ぬ。誰かがいなくなる。そんなことはこれまでに幾度もあった。そして艦の中で必要な人材がいなくなっても、どこかの基地に行けば最新鋭の艦というお題目の元に補給は行われた。戦争の中では、ヒトですら銃弾と同じなのだ。足りなくなれば補給される。妹の不在を埋めた管制担当者と同じように。
それでも、レイ・ザ・バレルという彼も、タリア・グラディスという彼女も、彼ら自身にもう代わりはいないのだ。
「あんた、それがわかってんの…!」
わかるはずがない。今知らされた事実で一体何を理解しろと言っているのか、ルナマリアにもわからない。
妹の利敵行為が、同僚や上司たちの死に直結したのかどうかもルナマリアにはわからない。
今はただ、微笑んで自分を迎えたこの妹が憎らしかった。
「ほん…とに? 本当にレイや、艦長も亡くなったの…?」
「本当よ! シンだって重症で、ミネルバの中もうむちゃくちゃよ!!」
「…うそ…ぉ」
「嘘なんか誰がつくっていうのよ、この馬鹿娘!」
ぼろぼろ泣き始めた妹に苛立ち、ルナマリアは至近距離で怒鳴る。生き別れになった妙齢の姉妹の再会に似つかわしくないみっともなさだと自覚しながら、ルナマリアは乱れた息を吐いた。
「なんで、やだ、そんなの…」
「うるさい! なんでとか言ってもしょうがないじゃない、そうなっちゃったのよ!」
あんたがいない間に、そうなっちゃったのよ。
泣き出した妹の崩れた顔を見ているうちに、ルナマリアの目頭も熱くなる。他国の艦で無様な姿など見せたくなかったが、それでもこらえきれずに妹を抱きしめた。
「あんただって、もう死んだものかと思ってたんだからね!」
馬鹿で愚かで、流行廃りや他人の声にすぐ自分の意思を変える頭の軽い妹。妹への悪態ならいくらでも出てくる。それでも何があっても嫌うことが出来ない、たったひとりの。
妹なのだと、ルナマリアは妹の髪に頬を押し付けて洟をすすりながら思い知る。
これだけ心配を掛けさせられて、血縁関係から軍の尋問を受ける羽目になって、両親に会わせる顔がないと落ち込ませた存在でも、妹なのだ。
怒気まじりの声も態度も、すべては姉妹の情の裏返しだ。ルナマリアのその複雑な心境をメイリンだけが理解してくれる。だからこその姉妹だった。
メイリンが、ルナマリアの肩に顔をうずめ、しがみつく。
「ごめんね、ごめんね…」
お姉ちゃん。
ルナマリアを唯一そう呼んでくれる存在。
生きててよかったと素直に言えない姉をまだ慕ってくれることだけは、パイロットスーツの背に回されたメイリンの手で感じ取れる。
たったふたりの姉妹。その意味をただ強く感じた。
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今さらながらホーク姉妹再会小ネタ。
仕事で使うデモ用の写真素材を本日自分で撮っていたのですが、たまたま祖父の畑へ出たらいちごがあったので撮ってみました(2007/5/14現在のトップとこの日記の写真画像です)。
…いちご畑は、濃密にいちごの匂いがした。
露地ものなので、いちごの形が若干崩れるのはご愛嬌。もう少し前の白い花がつく時期もとてもきれいでした。
5月というと薔薇の時期でもあるのですが、いちご本来の時期でもあります。
今は春真っ盛りということもあって、切花は庭のもので間に合うので買わずに済む時期です。
母の日はカーネーションではなく、撫子と芍薬と矢車草で済ませました。元手タダ。すばらしい。
庭の薔薇の中で一番好きだった、ローズピンクの一重咲きのものを祖父が知らない間に抜いてしまっていて、ちょっとショックです。
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