小ネタ日記ex

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再録:もしも君が3(笛/三上亮)(人魚姫パラレル)。
2007年05月27日(日)

 もしも君が人魚姫だったら。








 王子と人魚姫の仲は気がついた頃には城中に広まっていました。
 そうなれば、自然とその関係を全面的に良く思わない人たちも出てきます。

「…どうするの、亮」

 またある日、例によって実家に来た王子の姉君はもうちらりとも笑いませんでした。
 いつか見合いの話を持ち込まれたときと同じ部屋で、王子は姉の顔を見つめ返しました。

「どうするもねえよ。見合いなんてするか」
「いい加減にしなさい」

 弟の意図を悟った姉は、厳しい声を出して咎めました。

「あんたはこの家の長男なのよ? 生まれてからしてきた贅沢の分、いつかお父さんの跡を継いで王様になる義務があるの」
「職業と結婚は別もんだろ」
「世襲制の意味わかってて言ってるつもり?」
「今時政略結婚もクソもあるか」

 乳母が嘆きそうな台詞を吐いた王子に、姉君は深いためいきをつきました。

「…あんたの言いたいことはわかってるわよ。あの子がいいんでしょ?」

 弟と、突然賓客になった女性との関係を彼女は最初から知っていました。
 幾度も見掛けた仲の良さそうな姿。堅苦しい城の中では滅多に見せなかった弟のやさしげな瞳と、口が利けない彼女の穏やかな微笑。
 引き裂くことなくそっとしておけたらどれだけよかったことでしょうか。

「でもどうしてダメなのかも、あんたはわかってるでしょ」
「…………」
「身元がわからない。身体に疾患がある。…これだけでもう、誰も賛成出来ない」

 良いお家柄ならではの問題です。嫡男の結婚話ともなれば、お相手は身分や身体その他において優れた人でなければならないのです。
 三上亮の結婚は、個人ではなく『三上家の次期当主』の問題でした。
 長男として生まれた王子は痛いほどそのことを理解しているつもりでした。反論出来ず、身体の横で拳を強く握りました。

「…好きなだけじゃダメなのよ」

 慰めるような姉の声も、王子にはただ空々しく聞こえただけでした。



 ところで、王子と姉君の会話を人魚姫は扉の向こうですべて聞いていました。
 二人の会話がとぎれたところで、人魚姫はそっとその場を離れました。
 一歩踏み出すごとに、下肢に痛みが走ります。海の魔女の秘薬を使い、ヒレを脚に変えても人魚姫は元は海に生きる者です。多少の齟齬はどうしてもいなめません。

(…そんなこと、最初からわかっていたもの)

 唇を噛み、人魚姫は未だ慣れぬ痛みに耐えます。

(わかってた。最初から)

 王子に会えたところで、報われる立場ではないと人魚姫は最初から理解していました。
 人魚姫の恋は、誰にも祝福されない恋でした。
 知っていて人魚姫はここまで来たのです。彼に会うためだけに。
 それだけが目的のはずでした。たった一度、嵐の夜に出会っただけの人と、一時を過ごせばいいだけでした。物語はそこで終わるはずだったのです。
 もっとそばにいたいなどとは、願ってはいけないことでした。
 願ってしまったら、もう海の国にも戻れません。消えることも出来ません。

「…………」

 人魚姫の失った声は、王子の名前すら呼ぶことが出来ないままでした。






「俺、見合いすることになった」

 隠しておくことも出来ず、王子は人魚姫にそう打ち明けました。
 王子の隣の人魚姫はそっと目を伏せてうなずきました。
 木漏れ日がやさしいいつもの裏庭でした。
 人魚姫は落ち着いた様子で、王子の手にいつもの方法で言葉を綴りました。

『お相手の方、どんな方?』

 王子は一瞬目を瞠りました。
 けれど人魚姫は凛とした目で王子を見ています。責めているわけでも、怒っているわけでもなく、知己として尋ねた様子でした。

「俺より三つぐらい下の、絵で見る限りはなんかおとなしそうな感じだった」
『そう』

 人魚姫はほんの少し迷ったようですが、丁寧な手つきで筆記を続けました。

『うまくいくといいわね』

 王子は、何を伝えられたか即座に理解出来ませんでした。
 人魚姫は笑ってこそいませんでしたが、静かな目で王子を見ています。彼女も身分ある家柄に生まれた者です。恋愛は自由でも結婚がそうでないことぐらいわかっていました。

「…マジでそう思うのかよ」

 王子の声に、苛立ちのようなものが交ざりました。
 人魚姫は冷静さをどうにか保ちながら王子から目を逸らしません。

『ほかにどう言ってほしいの?』
「……ッ」

 人魚姫に、他の人と会わないで欲しいと告げる権利はありませんでした。王子を身勝手だと責めたいとも思いませんでした。
 プライドが傷ついたのか、かすかに震えた王子の手を人魚姫は落ち着かせるように両手で包みました。

「ふざけんなよ…」

 激した何かを必死でこらえているような王子の黒い目は、人魚姫だけを見ていました。

「お前はそうでも、俺は―――」

 王子が言い切るより先に、人魚姫の手が強く王子の手を握りました。
 震えや躊躇を決して王子に気取られないよう注意しながら、人魚姫はもう一度指先を動かしました。自分の気持ちにうそをつくことだけを心で詫びました。

『そもそも私には関係ないでしょう?』

 人魚姫は王子のそばにはいましたが、正式な婚約をしたわけでもなければ愛を誓ったわけでもありませんでした。
 二人は未来を約束したこともなければ、好きという言葉すら伝えていません。
 人魚姫の返答はそれを指摘していました。
 それが、王子の神経を逆撫ですることを承知で、そうしました。

「――ああ、そうかよ」

 目の端を歪めて、王子は言葉を吐き捨てました。
 王子も傷ついていました。想っていたのは自分だけで、人魚姫にしてみれば王子の存在は大したものではなかったのだと、思い知らされた気分でした。
 もともとプライドが高い王子は自分が傷ついたあまり、人魚姫の精一杯の強がりに気付いていません。

「わかったよ」

 そう言うと、王子は下生えの草を散らしながら立ち上がりました。
 そのまま振り返りもせず城のほうに戻って行きます。
 人魚姫は止めませんでした。
 自分では、王子を幸せにすることが出来ません。人魚姫はそう思いました。
 こうすることが王子のためだと、人魚姫は突き刺す胸の痛みを我慢しました。
 あれほど優しかった陽の光すら、今の人魚姫には切ない思い出のようでした。









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 …何かぷふーと笑ってしまいそうになるのはなぜだろう(三年以上前のものですから)。
 前のものは笛小ネタ一覧からどうぞ。

 ところで、部屋の電球が切れました。
 しょうがないので、現在部屋の明かりは地球儀(※内部が光る)とキャンドルランプです。あとパソコンのバックライト。
 …大変アナログな部屋になっています。
 蛍光灯のすばらしさをしみじみと思います。エジソンって偉大(注:蛍光灯の発明者ではない)。




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