小ネタ日記ex

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ひとひらの恋(伯爵と妖精/エドガーとリディア)(その他)。
2007年04月14日(土)

 一片の花が宙を舞っていた。









 都会の春は駆け足でやって来る。女王の居城もある大都市の空を仰ぎながら、リディアは軽く空を仰ぎ、春の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
 つめたく寒いロンドンの冬はもう終わったのだと、晴れやかな空の色と流れてくる新緑の香りが彼女に告げる。目を伏せた隙に耳元を通り抜けたのは、春に生まれる妖精だったかもしれない。
 アシェンバート伯爵家の中庭も春の例に漏れず、やわらかな色合いの新緑が芽吹き始めていた。
「うれしそうだね、リディア」
 微笑を伴った声は、リディアの折った膝のあたりから聞こえてきた。短い下生えに広げられたピクニック用の敷布の上に、鮮やかな金髪が広がっている。
 陽光を集めたような芯の強い金髪と、夜明け間際の灰色がかった紫の双眸。優美な彩りを持つリディアの雇い主は、寝転がった格好のまま彼女を見上げていた。
 伯爵家の当主にしては、あまりにくつろぎきった格好だ。しかしその長い脚を投げ出し、襟元を緩めていても、彼には不思議と優雅な印象が消えない。だらしなさよりも品格が際立つ稀有な人間だった。
「そうね、やっぱり暖かくなると嬉しいもの」
 スカートを広げて座るリディアは間近にいる彼よりも、芽吹きの春の庭を見るのにいそがしい。彼には見えない妖精たちを視線で追っているのだ。
 本来なら妖精の世界にも領地を持つという青騎士伯爵と呼ばれるエドガーにも、彼女のように妖精が見えて然るべきだったが、本来の血統とは異なる彼の身にはリディアの視線の先はわからない。ただ少女が春風に髪をわずかに散らせながら微笑む横顔を見て、彼もつられて笑うぐらいだ。
 妖精知識に精通した妖精博士の仕事が忙しいという彼女を、無理やり中庭へ連れ出したのは雇い主であるエドガー本人だった。リディアはまた彼の強引さに最初は嫌々従ったが、高級住宅地の閑静で広い中庭の春の景色は彼女の胸にも安らぎを与えてくれた。
「本当に、いい季節だ」
 エドガーも上機嫌で、春先の開放感がいまの彼の行儀の悪さを誘っているのだろう。緩められたクラヴァットのすみれ色が、昼間の光に映える。
 そうね、と彼を見ながらうなずきかけたリディアは、思いがけず見上げてくるその紫の双眸にいやな予感がした。
「こういう季節は結婚式にぴったりだ」
「……そうね」
「ああでも今からドレスを作らせるとなると、初夏ぐらいになってしまうか。真夏の夏至の頃でもいいけど、あんまり暑いのはちょっとね」
「ああ、そう」
「で、きみは何色のドレスがいい?」
「あたしは着ないものなんだから、あなたの好きにすれば」
 にこにこと笑いかけるその美貌から遠ざかるように、リディアは思わず身を引いた。
 伯爵としての彼の結婚式の段取りを考えるのは彼の自由だ。そんなものいくらでも好きに考えればいい、とリディアは投げやりに思う。ただ自分を巻き込まないで欲しいと願うだけで。
 アシェンバート伯爵の成り行き婚約者となってから数ヶ月。そもそも出会った頃から始まっていた彼の口説き文句は、リディアが婚約指輪を受け取った頃から明らかに数が増している。
「いいじゃないか。準備は早いほうがいいよ」
「だから、あたしはあなたと結婚なんかしません」
「するよ」
「しません」
「する。絶対する」
 凛とした声音でエドガーは宣言した。
 何を根拠にしているのか全くわからないくせに、エドガーの言葉は決意に満ちてる。彼はそのままリディアの膝の上にあった左手を取り、彼女が仕方なく嵌めている婚約指輪ごとその細い手を自分の手で包む。
 一体何をするのだとリディアは思わず眉間に力を入れる。
 しかしエドガーは手を包んだまま特に何もせず、リディアの膝の上に重ねられた手を置いたままだ。
 そのまま沈黙が続くにつれ、むしろリディアのほうが不安になる。
「あの、エドガー?」
「うん?」
「あの…」
 いつもならそこで、手を握る以上のことをするのでは。緊張しつつもはっきりとは問い質せないリディアは、おずおずと寝転がった彼の顔を覗き込む。
 エドガーはそんな少女を真っ直ぐに見上げ、破顔した。
「ほら、最近は嫌がらないし」
「な…っ」
 先ほどの話の続きだと理解したリディアは、一気に頬を染めた。手を握るのを許すことが結婚の承諾になるわけがない。しかし随分彼に心を許すようになっていた事実を顕著に示すことは確かだろう。
 思わず振りほどこうとした手を、エドガーはほんの少し力を強めることで押し止める。それでもリディアが痛みを感じない程度の力だ。リディアがもう少し強く振り払えば、青年の手は簡単に離れていくだろう。
 束の間の躊躇。エドガーは少女のその隙を見逃さず、握った手ごと自分の瞼の上に置いた。リディアは彼が目を閉じ、息を大きく吐く気配を感じた。
「まだ信じられない?」
 当たり前でしょう。そう言うことができず、リディアは軽く唇を噛む。
 軽薄な女たらし。人を人とも思わぬ悪党。卑怯で残酷な犯罪者。罵りの言葉ならいくらでも出てきそうだというのに、それを口にすれば彼が傷つくことを知ってしまった。自分の罪を無実だと言い逃れをするエドガーではないが、それでも酷薄にならざるを得ない運命を背負った人だということもリディアは知っている。
 愛する人にその想いを告げられず、本当に好きな人には触れられない。リディアはそんなエドガーの真実を悲しい人だと思い、だからこそこうして口説かれても信じることができない。
「…いいよ、答えなくても」
 優しい声で彼は言った。
 エドガーが目を閉じているのは、リディアのためかもしれない。手のぬくもりの穏やかさと、言葉の優しさに泣きそうになったリディアの空気を彼は的確に読んでいるのだろう。
「…あなたはいつもそうやって、ずるいのね」
 信じて欲しいと言いながら、信じられないと言わせてはくれない。
 好きになんてなりたくない人だった。一番好きな人と結ばれる未来を放棄してリディアに代わりを求めようとする人なのかもしれないと知ったときから。
 代わりにはなれない。一番に想ってくれる人でないなら、エドガーなんて欲しくなかった。
 それなのに、どうして、いつからこうして触れ合うだけで幸せを感じるようになってしまったのだろう。手を握られるだけで、その温度で泣きたくなる。
 このぬくもりは一時だけだ。彼にはほかに好きな人がいる。たとえ彼がリディアが一番だと言葉で言ってもその言葉は信じられない。それが一番辛かった。どれだけ優しくされても、甘い言葉をもらっても、好きな人からのものであっても信じられない。そんな不幸があるだろうか。
「うん、ずるいんだ」
 けれどエドガーは否定せず、はっきりと認めた。
 リディアの手を顔の上から外し、やわらかな春の空気の中、少女の金色がかった緑の目を愛しげに見つめながら彼は続ける。
「ずるくてうそつきだけど、きみを愛してるよ」
 僕の妖精。
 気負いのない口調だった。弱さや痛みも、彼らしい剛毅さもない。春の光を褒めるような自然な微笑がエドガーの端正な口元に浮いている。
 本当にずるくてうそつきな人だ。そのことをリディアはよく知っているというのに、そうやって自分の不甲斐なさを笑いながら認めて開き直るところを、しょうがない人だとも思う。
 象牙の塔に篭りきりで世俗を省みることが苦手な父を、母も似たように感じていたのかもしれない。本当にしょうがない人だと、諦めに似たいとしさを。
「…ばかね。うそつきって、あたし言ってないのに」
 自分で認めないでよ。
 目の端の涙を拭わずに笑ってみせる。そんなリディアに、目を細めてエドガーも淡く笑んだ。握った手は離さない。
 心は通じず、かすかな距離を保ちながらすれ違う。目を合わせて微笑んでも、胸の痛みで死んでしまいたくなる瞬間がある。それでもリディアにとって、この大きくて優しい手は父よりも大切な何かに変わりつつある。
 幸せになって欲しい。リディアがエドガーに漠然と願うのはそんなことだ。
 ゆっくりと身を起こすエドガーのもう片方の手が、今度こそ頬に伸ばされるのを視界の端に見ながら、紅茶色の髪をした少女は何も感じない素振りで目を逸らした。









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 ちょっと前の日記で二行書いて力尽きたアレの続きです。
 一体これは何巻の後ぐらいなのか(作品の季節感完全無視)。
 そんな伯爵と妖精。三上亮、シン・アスカと並んで女に「しょうがない人ね」と思われそうなエドガーと、彼の妖精さん。
 …たぶん『女神に捧ぐ〜』の途中のどこかとかそのへんの感じ?(そうやって原作考証を放棄して勢いだけで書くのはそろそろやめたほうがいいと思う)

 私は母からの三大教訓がありまして。

1:何をするにも自分で好きに判断していい代わりに、その責任も自分で必ず負いなさい。
2:大金を貸してくれとか連帯保証人を頼まれたら、それが兄妹であっても、手持ちの財布の中身を全部渡して「これは返さなくていい、あげるから、二度とその話はしないで欲しい」と言って帰ってきなさい。
3:男の人はずるいから、気をつけなさい。

 2番めはかなりリアル。
 ……3番めだけが妙に抽象的。母の人生に一体何が。

 と、今回の小ネタを書いていて母の教えを思い出しました。今のところ守れている…と、思い、ます、お母さん。




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