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再録:次の駅まであと四分(笛/真田一馬)。
2006年12月10日(日)
電車のなかで、彼の話を聞いた。
「すごかったねぇ、昨日の真田一馬」
ほんの少し揺れている電車の中、ほのぼのしたおじさんの声が聞こえた。 わたしは読んでいた本から少し視線をずらす。座っている座席の前、吊り革に手を掛けているサラリーマン風のおじさんが二人。グレーのコートと紺色のコート。
「ああ、いいストライカーになったね、彼は」 「そうそう。なんたってあの大舞台で二点も取ったんだから」
うなずきあうおじさん二人。今日の昼ご飯は美味しかったね、と言うのと同じぐらいほのぼのしてて、でもそれ以上なんだか楽しそうで。 読んでいた文庫本の縦書きに視線だけは置いていたけど、わたしはそれ以上読むことが出来なくなってしまった。 真田一馬。さなだかずま。…真田さんだ。 わたしが春先からすごくお世話になっているお兄さん。 すぐにおじさんたちが昨日のU-23代表試合のことを言ってるんだって気付いた。
「これでオリンピックにも行けるし、よかったよかった」 「でも欲を言えば、得失点差が同じだったら混戦でまた面白かったね」
はは、なんて笑い合うおじさんたちがちょっといやな人に見えた。 オリンピック出場をかけた大事な一連の試合。そのメンバーに選ばれてから、わたしの同居人さんは必死だった。毎日の走り込みの量と筋力トレーニングの時間が増えた。転がってる鉄アレイだって、前のより重くなった。 食事だって睡眠時間だって精一杯気を遣って、頑張ってた。 だから昨日、試合に勝って、しかも真田さんが二回もゴールを決めた瞬間は涙が出るほど嬉しかった。犬のさくらちゃんを抱きしめて、テレビの中で空に腕を突き上げた真田さんを、すごくすごく素敵な人だと思った。 あの人の努力なんだから、混戦のほうがよかったなんて言わないで欲しい。 ひとりでむくれてみたけど、当然おじさんたちは私のほうなんて見てない。
ふと視線を逸らしたら、隣の人の新聞に真田さんの笑顔が出ていた。 …ここにも、だ。 今朝からこんな感じの新聞をいくつ見ただろう。スポーツ新聞だけじゃない。何誌も角度や大きさは変わっても、大半が完全に日本の勝利を決定づけた真田さんの二点目のゴール後の写真だ。 髪をぐしゃぐしゃにして、汗まみれになって、それでも輝かしい誇りに満ちた笑顔。
(おめでとうございます)
見つけるたび、わたしも嬉しくなる。よかったですね、と何度でも言いたくなる。 実際には、代表合宿に行ってから全然会っていない。真田さんがお仕事で家を空けるときは、わたしからは電話もメールもしない。だから試合に勝ったときは、真田さんのほうからメールが来る。
『テレビ見たか? 勝った!』
昨夜のメール。シンプルで、嬉しさのあまり焦ったような一行。 誰かが嬉しそうにしているだけで、わたしも心から嬉しくなる。そんな人を、気付いたら見つけていた。
おめでとうございます。
もう一度心で告げたわたしの頬が少しゆるんでいることを、前のおじさんたちが知らないでくれればいいと思った。
*************************** 過去ログを見ていたら、書いたことも忘れていた真田シリーズの小ネタが出てきたので再収録してみました。 初出は2004年のアテネオリンピック出場を決めたときの日付です(2004/3/20)。
かねてから念願だった王様のレストラン(フジテレビ系ドラマ:三谷幸喜脚本、松本幸四郎主演)のDVD-BOXを購入しましたー! ひゃっほい。 以前録画したビデオは持っていたのですが、見すぎてテープが伸びてしまいました…。DVD-BOXが出たときはしがない学生で、いつかボーナスをもらえるような職に就いたときは必ず買おうと決めてました。
いやーそれにしても相変わらずいいドラマです。 小学生のときに放映されたのを観て以来、これを越えるドラマにはまだお目にかかっていません。このドラマで初めて、散らばっていたエピソードが最後は一つにまとまる、伏線がすべて一つの結末に終結することの面白さを知りました。 しばらく延々と観続ける予定です。
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