小ネタ日記ex

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再録:雪月花(笛/藤代)(未来)。
2006年12月24日(日)

 雪月花に、君を思う。









 白い雪がとめどなく天から降ってくる。
 それは黒髪の青年の肩に、服に、顔にすらためらうことなく舞い落ちる。凛として媚びることのない、潔癖の白さ。
 彼は決して短くない間、雪が降る音を聞いていた。
 見かねた彼女のほうがやがて室内から彼の上着を持って出てくる。

「誠二くん」

 駆け寄ってきた幼馴染みに、藤代は緩慢な仕草で振り返った。

「風邪、引いちゃうから」

 これ、と差し出されたコートを手に取り、相手の心配げな瞳を見て藤代はようやく笑みを浮かべる。それからばさりと重い男物のコートを羽織る。

「ありがと」
「…ねえ、雪なら部屋で見よう? ここじゃ寒いよ」

 彼女は手と背を伸ばし、藤代の髪や肩に積もりかけている氷の花を払う。藤代は有り難くその手を受け止めて、小さく笑った。

「もうちょい見てる」
「誠二くん…」

 困り顔になった幼馴染みが伸ばしたかかとを下ろす。先ほどより低くなった視点で見つめる瞳が切なげで、藤代は彼女がそんな顔をする必要はないのにと苦笑した。
 心配を掛けることが申し訳ない。けれど、もう少しここにいたかった。

「…雪、キレイじゃん」
「うん…」
「…元気かな、って思うんだよなー…」

 進むにつれ、弱々しくなる藤代の声。
 細められた目が誰を思っているのか、彼女にはわかる。

「笠井…さん…?」

 そっと窺う視線で尋ねたが、彼は明確な返事をしなかった。
 ただ、少年期の彼なら出来なかった穏やかな笑みを深めただけだ。

「中学とか高校んとき、寮で雪合戦とかしてさ」
「…うん」
「みんな運動部だから、そういうの始めると絶対マジになって、そのうち真剣試合みたいで」
「…………」
「…懐かしいな」

 藤代が伏せがちな目許を歪ませた。
 同意を求められても、同じ学校出身ではない彼女にはわからない。
 彼が求めているのは思い出の中の人たちだ。友達や先輩や後輩。あの時代を共有した、大切な仲間たち。その中のたった一人。
 喧嘩別れした今も、彼が親友と思い続ける人。
 どうしてあのとき相手を許してやれなかったのかと、今も後悔し続けて。
 舞う雪に、満ち欠けする月に、咲き誇る花に、いつか共に描いた日々を思い出しては懐かしむ。少年だった自分たちのことを。
 別れがどうであれ、それは藤代にとって忘れ得ぬ思い出だった。

「…あいつ、風流っていうのかなー、変なとこあってさ。月とか見んの好きらしくて、満月とかになると窓からよく見てた。雪降ってもおんなじで」

 笑いながら藤代は話す。思い出は優しすぎて胸が痛んだが、それ以上に誰かに誇らずにはいられない思い出だ。
 言えば言うほど、彼女が痛ましそうに見つめてくるのがわかったが、悲しませたくて言っているわけではない。それだけはわかって欲しかった。
 降る雪が、彼女の髪にも幾重の花を咲かせる。自分はともかく相手の身体を冷えさせるのには忍びなく、藤代はそれを今度は自分の手で払ってやりながら続ける。

「あいつのいるところにも降ってたら、多分見てる」

 高校卒業以来途絶えた連絡先は、今も杳として知れない。
 卒業後すぐなら探す宛もあっただろうが、歳月はさらに行き過ぎ今では藤代と笠井を繋げる人はいなくなった。後悔が募るのは、子供だった自分たちのせいだ。

「…会いたい…?」

 泣きそうになって、彼女が言った。
 幾つになっても涙腺が弱いと、藤代は幼馴染みのやわらかな頬に手を寄せた。その手の冷たさに彼女は驚いただろうにそれについては何も言わず、藤代の手に自分の手を重ねた。

「会えるなら、会いたい」

 それは藤代らしい、輪郭がくっきりとした口調だった。
 曖昧さを厭う、彼の性癖。目指すものに全力を傾け、それでいて稚気を忘れない奔放さと剛胆さ。きっと別れた頃から変わらない藤代のその部分を、彼女はあの人に見せたいと思う。
 この人は、今もあの日々を大切に思っていると。
 あなたのことを今でも友達だと思っていると。
 伝える術がないことが悔しい。かつて垣間見た彼らの友情を修復する機会が未だ訪れないことが切ない。

「いつか、会えるよ」

 今はそんな慰めしか口に出来ない。
 重ねた手をそっと外し、胸の前で改めて両手で包みながら彼女は言う。

「会いたい人にはいつか会えるよ。誠二くんなら」

 理論も確証もない、ただの精神論に過ぎないことを言った。
 けれど、もう彼らの間の雪は止んでいるはずだ。雪が止めば、いつか必ず春が来てその雪は溶ける。そう信じるしかない。
 藤代がそれを信じたかどうかは定かではなかった。
 彼はゆっくりと、幼馴染みの肩に自分の額を押しつけた。

「…だと、いいな」

 その声が震えているようにも聞こえ、彼女は泣きたい気持ちをこらえた。
 こういうとき男の人は可哀想だと思う。切ない記憶に泣くことも出来ない。

 雪が冷たい大地に舞っていた。













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 雪月花時最憶君

「雪月花のとき、最も君を憶う」

 白居易の詩「寄殷協律」の一文です。

 で、再録です。
 困ったときの再録頼み。…というのも情けないですが。
 クリスマスに全然関係ないのですが、冬の話ということで、宿題その2の藤代と笠井シリーズのうちの一部を出してみました。

 ここまでの順路としては、
 1:あの空の向こう
 2:今回
 3:手紙
 4:あの空の向こう(仮設定のため、笠井が高校教師になってます)
 …というところでしょうか。
 合間合間を埋めるように、渋沢と結さんの話が入るかもしれません。
(余談ですが、渋沢と結の空白の時間小ネタは携帯版でうだうだネタ出しだけしてます)

 基本的にサイト内の同一ジャンルの話は、すべてリンクしているので、笠井メインのときに結さんのエピソードが入ったり、彩姉さんの会話の中に藤代の話があったりするわけです。
 同様に、英士は自分は従妹と上手くいっているようなことを一馬に言っているにも関わらず、椿さんのことは嫌いであったりするわけです。

 この藤代と笠井のあたりをまとめるなら、タイトルは「あの雲の向こう」です。空じゃないな雲だこれは、と読み直して気づきました。




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