小ネタ日記ex

※小ネタとか日記とか何やら適当に書いたり書かなかったりしているメモ帳みたいなもの。
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春夏秋冬2(笛/真田一馬)。
2006年12月02日(土)

 季節は、あっという間に過ぎていく。









 結局、この年のチーム成績はディビジョン中6位という成績で終わった。
 チームの興行収益は黒字で、成績は決して良いものではなかったものの、マイナス興行とならなかったことにはほっとした。
 日本のプロサッカー球団のトップ、J1で最も稼いだチームは平気で50億という営業収益を叩き出している。スポーツ競技自体に金銭に換算するための指標はないものの、やはり興行として成功しなければプロフェッショナルとはいえない。
 チームの勝利は、チームの営業に大きく貢献する。同じような入場料を払うなら、誰だって強いチームや華々しい勝利を収める試合を観たい。
 優れたパフォーマンスや、スター性を持つ選手にも同じことがいえる。勝利に貢献した者、観客を惹きつける個性を持つ者、結果的に球団という企業の利益を生み出せる才能、様々な要素が絡んで、選手やスタッフの年棒は決まる。
 もう、俺にとってサッカーは勝てたら楽しいと思えるだけの世界じゃない。日々の生活の糧を得るための手段だ。

「で、真田選手的には、来年の契約状況ってどうなってんの?」

 紅葉が見頃になる寸前の歩道を歩きながら、顔見知りのライターが衣着せぬ発言を浴びせてきた。
 夕暮れ近い、秋の午後三時過ぎ。最近珍しくなったランドセルを背負った小学生が数人、向かい側の歩道をふざけあいながら歩いている。

「ノーコメント。あのな、マスコミの人間にほいほいそんな情報言うわけないだろ」
「もちろん書かないけど、友人として気になるじゃん」
「…移る気はない」

 それさえわかればいいだろ。そんな思いで、俺はぼそっと言ってみた。
 国分は「そっか」とうなずき、俺の横をきびきびと歩く。首から吊った携帯電話とデジカメ。仕事は忙しそうで何よりだ。

「真田くん、柏好きだもんね。移る気はないか」
「好き嫌いでチーム選べたら苦労しねーよ」
「でもやっぱり、好きなとこにいたいでしょ、誰だって」

 ふふ、と笑う国分の声が妙に寂しげで、思わず横顔を見る。
 その視線に気づいたのか、国分も俺を見てきた。

「私、仕事辞めるの」
「え?」
「色々あってね、地元戻って結婚する」
「はぁ?」

 年中日焼けしまくって、義理人情で情報調べまくって、フットワーク軽くひょいひょいそこらじゅうで顔合わせて、だけど仕事のときは熱心にメモを取ってくる、仕事バカのお前が?
 一瞬の間にそんな思いが駆け巡った。

「彼氏がさ、結婚したら仕事辞めて欲しいって言うのよ」
「……………」
「彼のお母さんもそういう意見なんだって。だから、私はこの秋で廃業。あ、でも、柏の情報はずっと追いかけるよ。真田くんのことも、ちゃんとファンとして応援してるから」
「…それは、どうも」

 たぶん俺も、いま複雑な顔をしてるんだろう。励ますように笑う国分の顔から自分の表情を推察する。
 日々冷たさを増していく秋の風が、国分の短い髪を揺らす。仕事の邪魔になるからいつも切ってしまうのだと言っていた髪。

「…好きでやってた仕事じゃなかったっけ」
「好きだけど、彼のことも好きだから。…こういうとき女は選択肢が出来て得よー。真田くんは男の人だから、もし結婚したとしたって職業変えようとは思えないでしょ」
「得って」

 思わず俺は吹き出した。普通そこは、仕事辞めなきゃならなくて損だって言うとこじゃないのか。
 ところが前向きな友人は、けらけらと笑っている。

「いいのいいの。色んな経験しておけば、また復帰したときの肥やしになるってもんよ」

 その言葉は、ある意味強がりだったのかもしれない。好きな仕事を捨てて、家庭に入る決意をした女。その気持ちは、きっと俺にはまだわからない。
 自分が決めたこと。国分にみなぎるその決意。

「私、柏好きだったんだけどなー」
「でも、選んだんだろ」
「まーね。真田くんの生活を見守るのもそれなりに好きだったんだけど、残念ながらもう出来ないわ」
「お前、見守ってたのか?」
「見守ってたよ。例の彼女に出てかれて落ち込んでたとき、さんざん飲み会をセッティングしてやった恩を忘れたか」
「…あれはお前の仕込みだったのか」

 夏ごろ、やたらチームやスポンサー会社の社員との飲み会が多かった。国分が同席してたときもちらほらあったが、まさか首謀者だとは知らなかった。

「お人好しすぎてバカを見たって、悪いけど今でも私は思ってる」
「…ほっとけよ」
「引きとめもしなかった馬鹿な真田くーん」
「うっせーぞ」
「ねえ、好きな人と一緒に暮らすってどんな感じだった?」

 ふと真剣に国分は訊いてきた。長く付き合っている彼氏がいるとは知っていたけれど、たぶん同じ場所で暮らしたことはないのだろう。
 どう答えたものか、俺も思わず考え込んだ。
 けれど実は語れるほどの思い出というのは少なすぎる。

「…あんまり覚えてない」
「ちょっと、それひどいんじゃない? 覚えててあげなよ」
「短い間だったし、忙しくて」

 あれからもう二ヶ月。一緒にいたといっても、俺は仕事のたびに家を空け、四六時中あの部屋にいたわけじゃなかった。
 そしてあいつがいなくなってからの二ヶ月は年間成績の正念場で、感傷に浸るわけにもいかなかった。誰がいなくなっても、俺は年棒を受け取る限り『柏の真田』の地位を捨てたくなかった。

「犬も実家に預けちゃって、寂しいとかは思わない?」
「忙しいんだよ。それどころじゃない」
「ああ、そ」

 国分は不服そうに目を細めた。軽くねめつけられている気もするが無視する。
 しばらく無言で歩いて、バス通りの交差点に出たところで国分が口を開いた。

「じゃ、私こっちだから」
「うん、またな」
「言っとくけど、込み入った話をするのが苦手なことを『忙しいから』なんて理由にしてたら、そのうち誰かに殴られるからね。覚えとけ真田一馬」
「…は」

 突然鼻息荒く怒られ、俺は咄嗟に反論出来なかった。国分は身体をもう行き先に向けながら、肩越しに俺を睨んでいる。

「三ヶ月も一緒にいて、何も学ばなかったの?」

 三ヶ月。桜の花を一緒に眺めた夜から、雨上がりの夜まで。たったそれだけの期間は、長い人生からすれば大した分量ではない。
 それでも特殊な三ヶ月であったことは、他人である国分ですら薄々悟っているようだった。
 本当は少しだけ残っていた後悔。保護者のように振舞っていたくせに、最後まで守ってやれなかったような、じくじくした思いが残っていた。
 確かに仕事は忙しかった。だけど、電話一本、メール一通でもすることは出来たはずだった。しなかったのは、たぶん向こうはもう二度と会いたくないと思っていると感じたからだ。
 何もかも捨てて家を出てきたあいつがまた出て行くときは、俺は切り捨てられる対象だと、はじめから知っていた。時間が過ぎてしまえば相手にとって不要な存在になったことを、わざわざ思い知るのは御免だった。

「じゃあね、真田くん」
「あ、ああ」

 まだ微妙に怒った顔のまま、同じ歳のライターは完全に背中を向けた。顎を引いて歩いていく小柄な背中。あの背中が元気よく球団に顔を出していた情熱を知っている。
 時に交わる他人の人生。俺にとって、あの国分もその一人なのだろう。何かの偶然で出会って、一時を共にして、地位や立場や環境の変化によって会う機会を失する。そんなこと、これまでいくらでもあった。
 いつか皆、俺の時間の中からいなくなるのだろうか。
 家路を辿りながら不意に強くそう思った。
 高校を卒業するまで一緒にいた両親。社会人になってから会うのは年に数度になった親友たち。過去の恋愛を共有した存在や、成長期の不義理がたたってかほとんど会わない学友たち。彼らには、もう『会うこと』自体が特別な出来事になった。
 いつか退団する日が来れば、今のチームに関わる人たちとはもう二度と仕事を一緒にしないかもしれない。この街の数少ない知り合いとも、この場所を離れれば会わないかもしれない。国分もしばらくすればいなくなり、さくらは一月以上前から実家に預けたままだ。
 そして矢野椿。あいつとも、きっともう会うことはない。
 会えなくなるなら、いなくなってしまうなら、もっと色んなことを話しておけばよかった。一緒にいたときは、いなくなる相手だからと我慢していた色々なことを話して、尋ねて、もっと喧嘩でも何でもすればよかった。
 相手と膝を突き合わせるのが苦手な俺が逃げていたのは、たぶんそういう事例だったんだと、今ではよくわかる。

 真田一馬、昭和五十九年八月二十日生まれ、二十二歳。
 獅子座のA型。東京都出身。
 職業、プロサッカー選手。
 二人と一匹の時間が終わり、一人に戻った秋に、今年のシーズンは終わりを告げた。









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 前回は真田シリーズと正規ページの真田一馬の項目参照でお願いいたします。

 という感じで春夏秋冬その2。
 相変わらず一人称の難しさと真田の書き辛さに苦悶します。もうきっと慣れることはないんだろうな…。
 まあ書いていない時期の間に、真田くんは作中で22歳になったわけですよ。
 国分さんはオリジナルキャラクターTOKIOシリーズの一人です。

 大事なこと書き忘れたので追記。
 この作中はパラレル☆ワールドなので、柏は普通にJ1残留争いの勝者です。真田くんはJ2リーガーではなく、J1リーガーです。柏は黒字決算です。
 以上。

 最近私のプリンターは両面印刷と冊子用の印刷が出来るということに気づいたので、このサイトにある適当な文章を組み合わせて自分用のコピー本制作を進行しています。
 …おかげで私の部屋は、いま渋沢と三上の試し印刷のミスプリントが散乱しています(……)。
 難点は、印刷速度が遅い上に派手に機体が揺れることです。大丈夫かこのプリン太は(低スペック品なので…)。
 もう何年も販売用の本なぞ製作しておりませんでしたが、やっぱり紙で読む文というのはいいですね!(それがたとえ自分のへっぽこでも) 縦書き万歳!
 難を言えば、いつか文庫本サイズの本を出してみたいのですが、文庫サイズを低部数で印刷所に出すと単価がすごいことになるんですね…。まあ夢は夢ということで。




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