小ネタ日記ex

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再録:僕の生きる道(笛/渋沢克朗)。
2006年10月05日(木)

 いつか終わるその時を、幸せだったと笑って終われればいいと思う。








 よく晴れた空が、頭上一杯に広がっていた。
 芝から立ち上る大地の匂いをすぐ真横に感じながら、渋沢克朗は中庭で午後の空を寝転がりながら見上げていた。
 突き抜けるほど遠い空を見ていると自然にあくびが出るのは仕方ないことだ。同時に太陽の眩しさが目を焼き、大きな手のひらを顔の上に乗せた。

「あ、いたいた」

 がさりと音がして、横の茂みが割れた。
 ツツジの樹木の合間をすり抜けるようにして渋沢の幼馴染みの彼女がやって来る。それを見つけた渋沢は、とりあえず身を起こした。

「どうした?」
「こっちの台詞。三上さんが探してた」

 探索を手伝っているところだったらしい彼女は、気軽に近寄ると渋沢の制服についた芝をしゃがみながら払ってくれた。

「どうしたの?」
「え?」
「居場所も言わないでいなくなるなんて、らしくなかったから」

 別にいいんだけどね、と彼女は繋げて笑い、しゃがむのを続けるのは足が疲れると判断したのか、膝を崩して渋沢の隣に座った。
 風の中に、近くで咲いている白い梅の花の匂いが混じる。
 もうじき春が来ると教えるこの時期には、色と香りが華やかな草木が冬の終わりを彩っている。

「来週からまた練習に戻るんでしょ?」
「ああ。やっと怪我も治ったからな」
「無茶しないでね」
「わかってる」

 まじめに渋沢が言うと、彼女が安心したような顔になった。
 怪我を負って二ヶ月弱。とりあえず運動をするには支障のない程度に回復したのは少し前だったが、一応の大事を取って本格的な練習に戻るには少し間を空けることにしていたのだ。
 精神的にも不安定になっていたことを考えると、今のこの穏やかな気持ちで怪我のことを話せる自分が、ひどく不思議に思えた。
 いい天気だ。軽く首を逸らして渋沢は空を見上げた。

「…戻らなくていいの?」
「そんな急用でもなさそうだから。急ぐんだったら校内放送で呼び出されるだろ」

 それに、と渋沢は不意に悪童めいた笑いを伴って、彼女の手を掴む。

「せっかく二人なんだしな」
「…いつものことじゃない」

 言い返しつつも、手を取られた彼女は少し引きがちだった。付き合う前もそれからも、自分からは決して触れてこようとしない彼女はその類のことに弱い。
 逃げるわけではないが、どこか落ち着かない視線で渋沢のことを見つめるその一対の瞳。振り解かないのは信頼の表れだ。そういう彼女が好きだと思う。
 この、二人でいる穏やかな時間が好きだと思う。
 焦れた時間が緩むように、渋沢はゆっくりと笑った。

「…なあ、一つ頼んでいいか?」
「なに?」
「膝貸してくれ」
「え?」

 互いの体勢からその意味を悟った彼女が、やや返答に詰まった顔になる。渋沢は狡さを自覚して、さらに言う。

「ダメか?」
「…いい、けど」
「ありがとう」

 言うなり渋沢は幼馴染みの膝と腿の上に自分の頭を出来るだけ勢いがつかないよう、ゆっくりと落下させた。仰向けになり、長い脚の片方の膝だけ曲げる。
 青い空を背景に、どこか緊張したような幼馴染みの顔が見えた。
 どこかで鳥が鳴く声が聞こえる。花と太陽の匂いと、人のぬくもり。
 あまりに穏やかで、静かで、胸のどこかが切ない。

「もう春になるんだな」
「うん」
「卒業か」
「…うん」

 冬の終わりは、春を待ちわびる心と併せて、少し寂しい。新しい季節に移る時期はいつだってそうだ。慣れたものから巣立つとき、新たなものへの不安も同居する。
 彼女のほうが置き場に困っていた手を渋沢の肩のあたりに置いた。いつもとは逆に、彼を見下ろす視線が寂しそうなのは渋沢の気のせいではないだろう。

「春になったら、またサッカー出来るじゃない」
「まあ、そうだな」

 一緒にいる時間はきっと減るだろうけれど。
 同じことを二人同時に思う。
 口にしないのは、言ったところでどうしようもないと理解しているからだ。縮まらない年齢差がある限り、学校教育の階梯は必ず彼女のほうが一年遅れる。
 きっとまた春になれば、怪我が治った渋沢はサッカーのほうばかりを見るようになるのだ。渋沢自身そのことは容易に想像出来る。
 夢の情熱ばかりを追う自分を、彼女が本当は快く思っていないことも薄々気付いていた。支援はしてくれるが時折見せる曖昧な笑い方の意味を見抜けないほど浅い付き合いをしてきたつもりはなかった。
 ただ、彼女が頑なにそのことを隠す気持ちもわかる。
 相手が望むものを否定して、嫌われるのが怖いと思うのは誰にでもある感情だ。

「…お休みはもう終わりなんでしょ?」

 逆光のせいか、彼女の表情がよく見えない。渋沢は息を吐き出しながら答えた。

「ああ」
「よかったね、またサッカー出来るようになって」

 その言葉はどこまでが真実なのだろう。
 素直に受け止めるには渋沢は気付きすぎていた。そして、それを気取られないだけの器用さがあった。

「そうだな。でも、怪我して気付いたことも多かったな」
「どんなこと?」
「道を歩くとき、無意識にゆっくりになるだろ? そうすると今まで通り過ぎるだけで、見てなかったものが見えた」

 いつもと同じ道でも、ゆっくり歩くことによって建物の二階にカフェがあることに気付いた。
 空の色は同じ青でも湿度によって若干その色を変えていることを知った。
 これまでも隣を歩く彼女の歩調に合わせていたつもりでも、彼女にはそれでも早いほうだったと気付いた。
 怪我をしたことは失敗だと思った。けれど、怪我をしなければ気付かぬまま終わっていたこともきっとあっただろう。
 そう思うと、全部が悪いことではなかったと前向きに考えることが出来た。

「…たぶん、人生に無駄なことなんてないんだろうな」

 遠回りでも、時には挫折しても、いつか辿り着く未来にその事実は確かな礎となる。傷つくことも、悩んで苦しんだことも。泣いたことも泣かせたことも。
 だからどうか、今の彼女の葛藤もいつか良い方向に向かってくれればいいと思う。
 子供時代を焦ることなく、共に悩んで励まし合って大人になっていけたらいいと思った。

「…そうかもね」

 ようやく表情にあった寂寥が消え、笑った幼馴染みに渋沢は内心安堵した。
 少しだけ風が吹き、渋沢を見下ろしている彼女の髪が揺れた。
 彼女は顔を上げ、斜め上の空を見て口許に笑みを浮かべる。

「ほんと、いい天気ね」
「次の休みは花見にでも行くか。公園の梅が見頃だって話だしな」
「お弁当持って?」
「いい考えだと思わないか?」
「うん」

 視線を合わせて、二人で笑う。
 空はよく晴れていた。







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 懐かしいなぁ、という感じですが再録です。
 タイトルの通り、草○のドラマを観ていた当時でした。まあざっと三年半ぐらい前。
 季節が今と合っていないのはご愛嬌。

 人生で無駄なことなんてない。
 二十数年しか生きていませんが、今でもそれを信じています。




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