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三上の嫁(笛/三上亮)(パラレル)。
2004年09月11日(土)
ある日、見知らぬ女がやって来た。
朝から小雨が降る日の午後だった。 「ごめんください」 淑やかな女の声が、戸口から聞こえてくる。仕事着の洋装で、書棚の整理をしていた三上はしばらくそれに気づかなかったが、二度三度と繰り返されるうちにようやく顔を上げた。 「どちら様で」 「葵様からのご仲介で参った者です。ご当主様はご在宅でしょうか」 古ぼけた帳面を腕一杯に抱えていた三上は、出された名に思いきり顔をしかめた。相手がまだ目の前にいないからこそ出来る、心底嫌そうな顔だ。 だからといってその名を出されては彼に否やはなく、仕方なしに三上は帳面を畳の上に置き、素通しの眼鏡を胸ポケットに仕舞う。そして肘の上までめくり上げていたシャツの袖を戻しながら、戸口のほうへ行った。 曇り硝子と格子の戸口の内側に、一人の女が傘を携えて立っていた。 結い上げた髪と薄紫の訪問着。まだ若いが、十代とは思えない。凛とした、気位の高そうな瞳をしていた。けれど値踏みをすれば文句なしの美人だ。 「初めまして」 「…どうも」 客ではあるが、すんなりと上げる気にもなれず三上は店先で軽く頭を下げた。どうせこの陽気では、滅多に来ない客がさらに来るとは思えない。 「姉貴の…、いや、姉の知り合いですか」 「はい」 にこりと、女は微笑んだ。引き結んだ唇がほんのわずか緩む。 「亮さん…ですね」 「はぁ」 改めて名を問われ、この家に一人住まいの青年は曖昧な返事をした。 どうもこの美人の意図が掴めない。 「あの、何の用で」 「…お姉様から、聞いてらっしゃいませんか?」 「……? いや、全く何も」 ここ半年ばかり顔を会わせていない実姉を思い出し、三上は訝しさに眉をひそめた。往々にしてあの姉が突発的に何かを押し付けてくることはよくあったが、それが三上にとって良いことだった例はない。 彼女にとっても、三上の姉が言付けすらしていなかった事実は初耳なのか、少し困惑した表情になった。けれど彼女はすぐにそれを振り落とし、決然とした面持ちで三上を見据えた。 「お聞きになっていないのでしたら、私からご説明致します。単刀直入に言わせて頂きますと、私はあなたの妻になるためにこちらへ参りました」 「は!?」 何を言い出すか。 三上はそう思って、相手の顔をまじまじと見たが彼女は本気のようだった。 「な…んだそりゃァ!! なんで」 「お姉様とは、そういうお約束でした」 三上の驚嘆した顔をそよ風のように受け流し、彼女は静かな口調で言った。口を開けたまま声が出ない三上を怜悧な視線で捉え、居直ったような優雅な仕草で腰を折った。 「何かと至らぬ点もあると存じますが、本日よりどうぞ宜しくお願い申し上げます」
三上家の嫁は、こうして小雨の日に嫁いで来た。
************************ 昨日のいえもんパラレルっぽく。 っぽく、がメインであって全く同じ設定ではありません。だって京都弁書けないんだもの。何屋なんでしょうね、三上家は(考えてない)。 ちょっとレトロな洋装に素通しメガネの三上ってイケるかもしれない、というかつてのネタ話から勝手に世界観を作りました(この時点ですでにいえもんではない)。
周囲が勝手に決めた縁談によって夫婦となった三上とヒロインが、一緒にいるうちに本物の夫婦っぽくなっていくような話、だといいな(この先をまったく考えていないので何とも言えません)。
パラレルであっても三上ヒロインのパターンは一定なので、ヒロインの性格とかはいつものヒロインと一緒です。なぜなら私のヒロインのストックは多くないもので。 タイトルとかものすごい安直です。○○の〜、というのは一見単純なようで奥行きのある名前に仕上がる可能性を秘めているというのに、私のネーミングセンスのなさにかかるとただの安直と化しますね…。
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