小ネタ日記ex

※小ネタとか日記とか何やら適当に書いたり書かなかったりしているメモ帳みたいなもの。
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ロングレイン2(笛/真田一馬)。
2004年09月09日(木)

 水無月なのに、雨が多い月。








 ぽつぽつと降り始めた雨が、クラブハウス一階の窓に流水線を描いた。
 ああ、洗濯物いまごろ取り込んでるかな。咄嗟にそう思った。そうして俺は手にフォークを持ったまま苦笑する。前だったら、帰って濡れた洗濯物を見ることを予想してうんざりしただろうに。
 金曜日のクラブハウスの食堂は閑散とした空気がある。午後組の奴らが来るにはまだ時間があるし、午前九時からの練習のあと残ってここで昼飯を食べるのは圧倒的に俺みたいな独身の奴らばっかだ。
 しかもトップ組は午後はオフだから、そのまま遊びに行くからってメシも食わないで出て行った奴も多い。
 一人の食事は慣れている。むしろ今日みたいな雨降りの日に、少しずつ濡れていく、いつもと違う景色を眺めながら自分のペースで食事が出来る時間は嫌いじゃない。


「あっ、真田くん!」


 ……嫌いじゃないのに。
 何人かの女性スタッフを入れても、圧倒的に男ばっかりの空間に人目を引く女がするりと入ってきたことに、俺はそれこそ嫌でも気がついた。
 挨拶をするのが面倒で、半眼で視線を向けてもあっちは表情を変えない。ひらひらと手を振りながら、小走りで俺のほうにやって来る。

「久しぶりー! あのねあのね、私また柏の担当になったからよろしくね! はいコレ新しい名刺! ついでに携帯番号も変わったから!」

 国分有里子、と黒字で印刷されたカードを、俺は反射的に受け取った。
 ストライプシャツにカーディガン、ジーンズにスニーカー。化粧も薄ければ髪型もシンプル。取り得は体力と若さだと言って憚らないこの女は、地元情報誌のライターで、おそろしいことに俺と同じ歳だ。
 ここしばらく顔を見なかったのは、担当を外れていたせいだったのか。

「…なんだ、道理でしばらく来ないと思ってた」
「そうなのよ! 春の選抜予選目的で県内の野球部追っかけてたよ」

 小柄な身体にちょうどいい小さな顔は美白とはほぼ遠く、夏前とは思えない日焼けっぷりだ。
 でっかい鞄を脇に置いて、国分有里子は俺の隣に腰を下ろした。

「っあー、つかれた。真田くん水、水ちょうだい」
「ちょうだいって、てめ、勝手に飲んでんじゃ」
「だって聞いてよー、今度から必要経費は月末一括精算とか言ってね、これまで週締めだったのにね、月末でね、給料日前だとジュース一本すらうう」
「……………」

 どこの世に、取材対象のはずのプロ選手の飲み水を横取りするライターがいるんだ。
 テーブルに突っ伏してわざとらしい泣き真似までしてきた、四年目ライターに俺はためいきをついた。もういい。どうせ水はタダだ。
 黙って食事を再開した俺を、国分はひょいと顔を上げて見てきた。

「あれ、真田くん、珍しいことにナポリタン?」
「あ?」
「だって、私のメモによると真田くんは家じゃあんまり食べない味噌汁をここでは飲むと評判で」

 評判、って、誰が言ったんだ。
 ライターのくせに、喋るときの語句が変だ。
 それでも本来四大からしか採用しないという出版社に、高卒なのに持ち込み記事で採用を勝ち取ったという国分の文章力は確か、らしい。下手な専門用語を使わず、読みやすくわかりやすい記事が広い世代にウケるんだとかなんとか、いつか本人が言っていた気がする。

「最近、味噌汁は家で飲んでるから」
「…ふぅん? 彼女が作ってくれるんだ?」

 俺の手元で、フォークが止まった。
 慌ててすぐに動かす。動揺する俺も俺だ。何だってんだ。

「バッカじゃねぇの」
「うーん、ここはやっぱセオリーかな、と。違ったらごめん」

 肩より短い髪を指で引っ張りながら、国分は笑いながら謝った。
 違う。少なくとも、国分の言う『彼女』じゃない。最近俺の部屋で、夕飯を作って待っていてくれる奴は。

「ところで、そんな真田くんの近況は?」
「…早々に取材かよ」
「仕事熱心って言ってよー。こうやってね、日ごろから選手と顔なじみになっておいて、色々雑談を交えながら距離を縮めておけば、いざメイン取材になったときの予備知識と予備面談になるってワケだ。よく知ってる人のほうが話しやすいのは確かでしょ?」
「そりゃ…そうだけど」
「でしょでしょ。あ、そうだ、犬飼ったんだって?」
「どっから」
「先ほど、向井選手から。食べながらでいいから、聞かせて? でも邪魔ならどっか行くけど」

 にっこりと、チームの先輩の名前を出されては適当に追い払うことも出来ない。職業プロ歴は俺とちょうど同じ歳だ。そんな親近感もあって、国分は会った当初から俺に何かと喋りを求めてくる。
 正しい姿を、正しく伝えるのもマスコミの仕事。そう信じている国分は、たとえ記事そのものに関係なくてもその選手の姿を正面から捉える努力を怠らない。知るための努力を惜しまない。
 好奇心と呼べるものでも、あいつとは正反対みたいだ。

「春ごろに、実家の近くで犬拾って、そのまま飼ってる」
「どんな犬?」

 冷めかけてきたパスタをフォークでまとめながら、俺はさくらの姿を脳裏に思い描いた。最近はすっかり大きくなってきて、寝床のタオルもすでに三代目だ。

「ちっさい頃は薄茶だったんだけど、最近なんか毛の色が濃くなったなー」
「おっきいの? ちっちゃいの?」
「中間。柴犬とか、ああいう感じだけど捨て犬だから正確な種類は知らない」
「名前は?」
「さくら」
「女の子なんだー。…そのネーミングはやっぱり、春に拾ったから?」
「…いいだろ」

 ちょっと犬の名前としては、人間っぽいような気がしないでもないけど。
 俺は俺で、あの日拾った犬の名前に花の名をつけたのはちょっと気に入っている。まだ浅い春の日、宵闇に浮かんだ淡い初咲きの桜の木を見上げながら、心に浮かんだ名。

「じゃあ、遠征のときとか大変だよね。留守にしちゃうわけでしょ?」
「いや、別に…」

 言ったあとで、すぐに失言に近いことを思い当たった。
 つい何気ない友人感覚で喋っていたけど、こいつは。

「あ、へいきへいき。そこまで突っ込んだプライベートは記事にしないって。ご安心を」

 ほっとしかけた途端。

「私はね」

 …他所では気をつけろって意味か。

「だいたい、そういうゴシップ系は全く出さないのがうちの売りなんだから。そんなの書いたら私ここ出入り禁止で、出版社もクビになるかもしれないなんて真っ平ごめん! どうやって来月からご飯食べていけばいいのよー」
「…ああ、わかった。わかったから」

 誰も今すぐクビになるとは言ってない。
 大仰な物言いをする国分を、稀に苦手とする人もいるようだけど俺はそんなに気にならない。勝手に喋りはしても、無理に俺に反応を求めようとはしないおおらかさがあるせいかもしれない。

「それじゃあ、今度そのワンちゃん取材させて?」
「はあ?」
「柏の黒き彗星真田一馬選手に家族が増えた! …ちょっと期待させ加減で、でも違っても反感もらわなそうなアオリになると思わない?」
「あのなぁ…」

 地元密着情報誌だからって、あんまり調子に乗ると。
 …とか俺もたまには誰かに説教してみたくなった。

「ヒマなときとかでいいから、ここ連れて来てくれない? 忙しいなら、私が直接出向くから、取材させてー」
「犬だぞ?」
「ちがーう。犬と、真田くん。セットでじゃないと意味ないじゃない」
「…考えとく」

 めんどくさい。正直、本音はそれだった。
 プロ入り初年は、顔見せのようにあちこちのメディア取材に立ち会った。二年目は成績も振るわなかったからさほどで、三年目にフル代表に初めて召集されるようになった頃に、マスコミとの付き合いも覚えなければならなくなった。
 数十分の取材でも、実際テレビや雑誌で取り上げられるのはそのごく一部で、その一部を過剰に拡大解釈されるのは、今でも我慢ならない。言葉は前後があって意味を成す場合があるのに、マスコミが取り上げるのは前も後ろもあったものじゃない一部分だけが多い。
 取材で伝えたすべてが俺の真実なのに、切り張りされた俺の言葉が真実として世間に伝わる。それを潔しとしない国分みたいなのもいれば、わざとそうさせる連中もいる。プロ入り数年で、俺はサッカー以外のそういう敵とも戦わなければならない現実を知った。
 サッカーだけして、生活の糧を得られたらそれだけでいいのに、歳を経るごとしがらみも増えて行く。

「あのー真田くーん」
「……ん?」
「おでこ、皺寄ってる」

 だいじょぶ? と食べる速度が遅くなった俺を、国分が見ていた。
 一息ついてうなずく。

「ああ。一瞬ぼんやりしてた」
「この陽気だしね、ぼんやりしちゃいそうだよね」

 そう言って国分が窓の外を見るから、つられて俺も見る。
 外の風景はほとんど変わらない。雨は昼少し前から降っていて、相変わらず空は薄暗い。新緑に翳りが見えた。
 今ごろ、俺の部屋でさくらと留守番をしているあいつのことを思い出した。金曜日は仕事のない日だ。洗濯物、取り込んであるんだろうか。

 向かい合わなければいけないのに、俺はいつまで先延ばす気なんだか。

 そのことを考えると気が重くなる。
 暗い話、居心地の悪い話は、出来るだけしたくない。それがただの逃避だとはわかっているけれど。

「もうすぐ梅雨だよね」

 仕事繋がりで出会ったライターが、雨を見ながら目を細めた。
 さくらのことなら誰にだって話せるのに、もう一人の同居人について俺は英士と結人以外に本当のことは何も言っていない。職場どころか、親にも言えていない。そもそも英士たちだって、俺が言い出す前に知られたというほうが正しい。
 隠して隠して、本当のことは誰にも言わないで、終わりの日が過ぎたらすべてなかったことに、――する気なんだろうか、俺たちは。
 過ぎていく日々は、重ねた数だけ重みを増しているのに。
 最近、あいつが目を合わさなくなってきたのは俺の気のせいなんだろうか。
 あまり、笑わない気がするのも。

 雨の季節が近づいて来る。
 練習や試合で疲れて帰ってきたとき、家に明かりをつけて待っていてくれる存在が現れてから、一つ目の季節が過ぎていこうとしているのを俺は感じていた。








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 3話め2回め。…というと、なんかよくわかりませんが。

 1;始まりの日々
 2;正しい春の迎え方
 3;ロングレイン

 4、5タイトルぐらいで完全完結したいな、と…(いつまでかかるの…)。

 そしてこの真田シリーズ、すべてにおいて奇数回はヒロイン視点、偶数回は真田視点です。サイト内唯一の一人称シリーズです。最近なんだかちょっと慣れてきた気がしますよ…! 人間やっぱり習うより慣れろですね! だって一年半以上(ねちっこく書いてますよねほんと…)。

 今回、真田の職場風景みたいなのを書きたいな!と思ったんですけど。
 思ったんですけど。
 思ったんですけ、ど。
 ……ごめんなさい。プレスの人間がどこまで入れるかは不明です。
 っていうかヒロイン不在のまま、名前固定オリキャラとで話作っててすみません。正規にどうやって載せよう…(名前変換させるべきですかやっぱり)。

 参考;柏レイソル公式ホームページ(http://www.reysol.co.jp/)

 …柏のファンでもないのに、このシリーズのためにWEB会員登録してます、よ、私…(世界の柏ファンに謝りますごめんなさい資料目的で)(だって登録しないと広報日記とか読めないんだもの!)。
 でも見ているうちに、なんだか楽しくなってきたので最近ちょっと柏にも注目気味です。
 レイソルの公式サイトは見やすくていいです(大分前の完全黒と黄色のダブル色彩は目に優しくない気がしましたが…)。
 どことは言いませんが、某球団のはサイトマップ見ても目的ページがわからない。練習予定と試合履歴が見たいんだ私は! とひとり苛立ってしまった過去があります。なんて大人げない。

 ついでに三上の球団資料は、
 湘南ベルマーレ(http://www.bellmare.co.jp/)
 川崎フロンターレ(http://www.frontale.co.jp/)
 です。当サイトの三上亮さんは(勝手に)J2所属設定です。過去の企画などでいろいろネタを拾わせてもらっておりますの…。

 ベルマーレはスポンサー撤退とか色々な憂き目を乗り越えてきたチームなので、逆境には強いと、信じています。11位が何だっていうんだ。まだ何試合もあるもの。新監督はあのアテネ五輪女子サッカー代表の上田監督だもの。きっとまだ大丈夫さ。
 たとえ新聞の片隅にしかいなくても、私のJ球団応援チームは湘南ベルマーレです。
 …サカつく04の湘南はなぜあんなに強いのだろうか…。




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素材: / web*citron