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青い硝子の北極星(笛/笠井竹巳)(未来)。
2004年08月30日(月)
おとぎ話、むかし話。
気づいたらこんな歳になってたよ。
突然そんなよくわからないことを先生が言うものだから、私はびっくりしてしまった。何を言うんだろうこのひと。そう、思った。
「だって、先生まだ二十…」 「二」
キャラメルみたいな色の床に、薄く青い座布団。ぺたりと座った私に、先生はまた青いグラスを渡してくれた。満たされた液体から薫る麦茶の匂い。 大型台風が近づいてくる夜は、窓を閉め切っていてちょっと暑い。だけどエアコンをつけるにはちょっと勿体無いような涼しさ。
「人間て、人によって止まる時間が違うんだって」
さらさらの髪を無意識に揺らして、先生はこの大して広くない部屋の端、いつもの壁際に腰を下ろした。夏でもつい履いてしまうのだと言う靴下は、今日はグレーだった。
「止まる…時間?」 「そう。…自分が、歳を取ったって実感がなくなるとき」
二十二歳の新任教師は、十七歳の女子高生にはときどき理解の範疇を超えてしまう。だって先生はときどき詩人みたいな物言いをするから。
「俺は、十八ぐらいから自分が歳取った気がしないんだ」 「じゅうはち…」
四年前? 学年としては、五年前? 気まぐれに話してくれる先生のむかし話に、私はいつも何年前かはっきりさせたくて頭の中で計算する。そのとき先生はいくつだったのか、何年生だったのか、私はどこにいたのか。
「それで、気づいたら二十歳過ぎてて、気づいたら就職してるし」 「…気づいたら、私がいちゃったりして?」
おそるおそる先生の言葉に続いてみると、先生は少し意外そうに目を見張って、やがて笑った。猫みたいな目尻がやわらぐ。
「そうだね。…それはまあ、いいんだけど」
よくないことも、あったのかな。 私が素直に喜べなかったのは、先生のむかし話は時にいい思い出だけじゃないとわかっていたから。 小さなテーブルに、私が青いグラスを置くとかたんと音が鳴った。 壁に寄りかかっている先生が、少し天井のほうを向く。
「…気づいたら、もう何年も過ぎてた」
横顔に、先生の少年時代の名残が見えた。 このひとは、十八歳の笠井少年にあって、二十二歳の笠井先生にはないものを、保存したかったのだろうか。 その肩がすごく寂しそうで、私が膝でにじり寄るのにためらいはなかった。
「時間を…止めたかった?」 「………」
十八のまま、最後の高校生活のまま。 先生の思い出話に出てくる、大事な友達と一緒にいる時間を。
「わからないよ」
歪んだ笑みが、先生の顔に浮かんだ。 自分のことなのに。そう思っても、口には出せなかった。 大人なのに頼りなくて、思い出ひとつで心が揺らいでしまう。この人は今も悔やむような過去を抱えて生きている。それは、大なり小なり誰にしもあることなのだろうけど。 まだ子どもの私にはわからない、先生の思い出。
何かを求めるように私の肩に額を押し付けてきた人の髪に、私は黙って頬を寄せた。
************************ 本来この日記帳は、私の中であまりまとまっていない話のネタ吐き場としての用途もあるのです。あるったらあるんです(すごい言い草)。
とりあえず笠井の未来話みたいな感じで。 タイトルはかなり適当です。
関連は、 あの空の向こう 雪月花 手紙 Can you a secret? ずっと二人で こんな感じ。
ついでに藤代単体に関する方面は、 恋愛恐怖症 TRUE LOVE この二つです。
オマケ。 武蔵森の犬と猫 武蔵森の犬と猫2 武蔵森の犬と猫3 武蔵森の犬と猫4 武蔵森の犬と猫5 武蔵森の犬と猫6 武蔵森の犬と猫7 武蔵森の犬と猫8 武蔵森の犬と猫9 武蔵森の犬と猫10 武蔵森の犬と猫11 武蔵森の犬と猫12 武蔵森の犬と猫13 武蔵森の犬と猫13 ついでに。 1月1日
13が二つあるのは気のせいではなく、私が間違えただけです。内容は違います。あと犬猫シリーズ(?)はすべて一話完結スタイルです。 そんなに書いてないと思ってたんですけど、意外に多い気がしました、藤代と笠井。当然笠井は捏造中です。
ただこう…いつから書いてるのコレ的な印象がいなめません。 二年前ですって。あらまあおほほほほ(笑ってごまかしたい)。 ネチっこく私の頭の中で、笠井が難関教職採用試験を突破してる姿とか、藤代は変わらずサッカーに愛されたりとか、それぞれがこれから出会う人のこととか、色々まあ残っているのですが。 脳内イメージを文章にするのって、難しいよね(言い訳)。 正規の宿題を片付けてから、という何とも曖昧な頃合で書けたらいいな、と(やっぱり曖昧)。
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