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2005年05月03日(火)
目が覚めたら美作の山中でした。 そう、もうここは岡山県です。 運転手山中氏の見事なペース配分があったとして、早過ぎないか?と思いました。
後で考えて思ったのですが、つばさは10年前の記憶でペース配分を考えていました。 カーナビなんか無い時代(金持ちとカーキチ(超死語)しか持ってない時代ね)ですから、自分で地図を見てましたし、遅取りだったから若葉も取れたばかりで山道に冒険なんかしないし、何より地方を甘く見ていたって言うのが大きいです(田舎もんの癖に)。 どんな田舎も道は整備するんですよね。自分達のために、外から人が来てもらうために。
つまり道がきれいで10年前には無かった道がいっぱいできていて、当時に比べて遠くは無いって事です。 10年前だって、田舎一つとってもつばさが小学校の時こわごわ通っていた暗いトンネルが切り崩されてただの切り通しになり、外の人に優しい村になっていたのですから。見た事無い車道があったし。
天気が良くて、昼が長くなっているので、早朝でももう立派な明るさです。津山を見て感動し、中国勝山の近辺の橋を見て、妙な感慨に襲われ、あっと言う間に郷里に着きました。
栄えてる! 10年前に比べたら絶対栄えてる! なぜ、こんな中国山地のてっぺんのあまり取り得の無さそうな田舎なのに! 無論栄えてると言っても温泉地ほど栄えては居ません。 そういうイメージで言うと集落です(笑)。 でも、「道の駅」に人おったで。観光客おったで。 しかし見渡せば明らかにこの小さな村は「観光で食っている」と言うのが解かります。 あぷが知っている「自販機が一つしかない村」でもありません。 (しかしあぷが通ったのは商店街側だと思うんで自販機が無くても不思議は無い。なぜなら飲み物を買いに外へ出る村人なんか居ないからだ)
見るものは何も無いのにいいいいいいいい。
桜だけでこんなに人が来るはずは無い。 その桜の咲く通りへ行く事にしました。山中氏はここでも車で休憩すると言います。 小さな商店街、ここは何街道と呼ばれた道なんでしょう。 懐かしい30年前と変わらない桜の季節用のぼんぼりが立っています。 前と違っているのは、同級生の家が史跡として無料開放されていて、初めてこんな伝統のある家だったのかと知ったくらいでした。 そう言えば先生に本陣の家の子と呼ばれてたなあ。そして奴は意味も無く家に誇りを持っていて、お前らとは違うと言う態度の子だったなあ。
粗野なつばさには関係無かったので、拳の餌食になっていましたが( ̄∇ ̄)。
そう、つばさはココでは手に負えない悪ガキだったのです。 って言うか、家を文化遺産として開放したら、本人達はどこへ行ったのだろう。 そんな事を考えていました。 観光地になっている通りは面している家の表札の脇に、ひらがなで読みやすく屋号が書いてありました。 きっとこういうのを喜んで読む歴史好きとかが居るのでしょう。 この家は昔これこれを生業にしていて屋号はこれである、みたいなね。 つばさの家は、庄屋の流れなので「分家」を“わかりや”と呼んでいました。
生業が無いな、きっと。ヾ(@^▽^@)ノ
さて。 昔の同級生の家に踏み入ると、奥に土産物屋がありました。珍しい構成です。 そのまま裏庭にも抜けられて、畑を横切ると道の駅に面している川べりに出ます。 田舎でなきゃあり得ない構造だ。 土産物屋のおじさんは、他に客が居ないので、店の中の備前焼の説明を始めました。 備前焼は見た目朴とつ過ぎて、けして観賞用の焼き物ではありません。
おかーたま流で言うと「汚げな焼き物」( ̄∇ ̄)。
でも最近は陶芸として認められて来ている事と、土の質にこだわった作家の功績で、健康に良い陶器として認定されているのだそうです。 実は、会社の先輩の旦那さんは中国で窯元に弟子入りしていた事があり、良い焼き物に詳しいのですが、良質な陶器は食材の見た目を引き立てるだけでなく、味の質も変えるのだそうです。 その事を聞いていたので、大学のマイナスイオン検証の話にも真実味を感じます。
まあ、焼き物から何もしないでマイナスイオンが出ると言う事は科学的ではないと真っ向から批判しているwebサイトも見つけたのですが、そこからリンクを張った2chの板には行っていません。 科学を信じるものは宗教を体系無く信じる人と同じだと、つばさは思っているので。 「〜〜は科学的に証明されました」でないといけない人は、証明されるまで無知と同じじゃ。
何にしても、つばさは陶器が食材の質を変えると言うのは信じているので、説明の上手さに(笑)郵便局を探してお金を下ろしてまで、有名な人(らしい)のお弟子さんの陶器(安価)を二つ買い求めました。 これでコーヒーやビールを飲んでみるのじゃ。
運転手がいつ出かけるの?と確認してきたので、出発する事にしました。 でもまっすぐ次の場所へ向かわずに、お墓を探す事にしました。 車を降りて、一人でこの辺だったかなあ、と最初に分け入った山は進めなさそうでした。 もう一箇所見つけたところを見上げると、あれ?山小屋がある。 あれ?お墓がある。上って行くときちんとしたお墓がありました。 あ。うちの墓だあ。祖父母の死を境に整備したようです。 来年はちゃんとお参りに来るよぉ。ほっとしたので降りて行くと、目ざとく近づいて来るおばあちゃんが。 こんにちわだけ言って車に乗り込んだから変な人だと思われたろうなあ。 ( ̄∇ ̄)マスクしてたから顔はわからないと思うけど、合掌してたのは見えてただろうなあ。
さて。おじさんは20分で蒜山に着けると言っていました。 10年経つと、どんな田舎も変わるのだ。
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