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2005年02月15日(火)
昨日、Amazonで買った本を、実際に読んだのは今日の夜です。 本は2冊あって、続編と一緒に買ったのですが、彼女と二人で読むのではなく一人1冊ずつ同時に読む事にしました。 彼女は数行読んでは「へえ〜」ページをめくっては「ほ〜」と言い、時折感動したエピソードを読み上げてくれたりします。 つばさもそっくりなエピソードを読んでいるので、後でもいいんだけども(笑)。
で、つばさの方は、1ページ目を2行読んだらもう泣いていました。 何でか、判りません。さっぱり解かりません。 本は1行目にお母さんの問いかけ、それは本の作者が用意したアンケートで、お母さんはそのアンケートに協力をしているのです。 そして2行目に幼児の答えが書いてあります。 3行目に、次の問い、4行目にその答え。 本はそのように進んで行き、最後に母親のコメントが数行書いてあります。
生まれる前にどこに居たの? -----あのね、雲の上。
本は、言葉でやり取りが出来る1歳後半から3,4歳までの幼児の答えをまとめてあります。 わずか2行で泣いてしまったつばさは、ずーっと泣きっぱなしです。 傍らで彼女の方はニコニコニコニコ、エピソードに感心しています。 本のタイトルは、「ママのおなかをえらんできたよ。」「おぼえているよ。ママのおなかにいたときのこと」。 胎内記憶の聞き取りをまとめたものです。
胎内記憶は言葉の通りです。 お腹の中に居た時の気持ち、生まれて来た時の気持ち、そう言ったものが3歳くらいまでの幼児には残っているのだそうです。 それは能動的に語られる事は無く、ふとした問いかけで受動的に聞き出される事がほとんどだそうです。 そして、3歳あたりを契機にその記憶は拭き取ったように消えるのです。
そして胎内記憶を聞きだすと、子供達は、なぜか生まれる前の話にまでどんどん遡って行きます。
つばさは理由無く激しく感動していて、体を震わせて読む羽目になりました。 お互いが読み終えるのを待って本を交換し、つばさは2冊目を手にします。 2冊目には、7歳の男の子と、40歳の女性の回答もありました。 7歳の表現力は非常に詳細であり、40歳の女性の記述は、つばさには理性的に納得が出来るところがあります。
つばさは、出生後の記憶を今も持ち続け、おかーたまは胎内記憶を持ちます(日記掲載済)。 (おかーたまに至っては臨死体験まであります) 朱鷺野親子はそう言う母娘です。しかし、生まれて来る前、宿る前の記憶はありません。
ほとんどの子供達は、自分の意思で親を選びます。 幼児たちはとにかく、空の上にいます。出生を待つ他の仲間達と自分の親になる人をいつも探しています。 仲良し組で同じ親の下に兄弟として生まれる約束をして降りてくる子もいます。 選ぶ理由はちゃんとあります。 「女優になりたい」と言うあまりにも具体的な目的を持って美人の母親を選んだ子もいます。 夫婦の明るい笑い声が聞こえて来たので選ぶ子が多いようです。 親をこの人と決めて、夫婦の機が熟すのを数年待ち続ける子もいます。 望んでその胎内に宿ったのに、夫婦仲が冷えて、居心地が悪くて早産される子も意外と多く、きっとその中には因果を体に受けて生まれて来る子もいるのでしょう。 親にとっては辛い記憶である流産なども、子供達の意思である場合があります。 つるんで同じ親を選ぶ子供達の中には、親の体調を汲み取り、後から生まれる子供を説得して帰してしまう子もいます。 子供がお腹で動くのを大概の親は喜びますが、不仲でイライラして思わず「痛いから動かないで!」とお腹を叩いた母親は、その事自体を忘れていて、「お腹の中で大人しかったね、何でかな」と問うて、「ママが痛いと言ったから」と答えた子もいます。 産婦人科で心音が聞こえないと言われ憔悴して帰って我が子に、「赤ちゃんもう居ないのよ」と言い、「まだいるよ?でももうじき帰るんだって」と言った子もいます。
3歳までの子供は、胎内に居る仲間の姿が見えるのだそうです。
つばさは、生まれた後最初に見たのが白い天井で、なぜ自分が仰向けに寝ているのかが解かりませんでした。 起きようとしてもあるはずの手足は無感覚で、自分が必死に起きようとしている事とそれが絶望的に無駄である事を感じながら格闘した末に。 「あ。人生をやり直すために赤ん坊の中に入ったんだっけ?」 と、今と全く違わぬ性格の思考で気づきました。自力で起きられない事を理解したつばさは、「起こせ〜〜〜〜!」と騒ぎ始めました。 あらんばかりの考えられる言葉で、自分を起こすように叫び続けましたが、自分の声はまた全く聞こえませんでした。 その代わりおかーたまの声が「おーよしよし、どうしたどうした」と聞こえて来ました。 よしよしと言う割にはちっとも近づかない母親に、ものすごくキレて「起こせ言うとるんじゃぼけえ」とオヤジのノリで怒鳴り始め(声は聞こえない)、呆れた母親が渋々(しかし笑顔で)顔を見せました。 つばさは「あ、この顔知ってる。母親だ」と思いました。
その次は赤ちゃんの頭の上で回るあのカラカラしたものだったように思いますが、自信がありません。 つばさの記憶は赤ちゃんの記憶から一気にハイハイを始める頃に飛びます。 ハイハイが嫌いで「こっちに這っておいで」と呼ぶ家族が嫌でした。 「お前が来いよ」と思いながら積み木で遊んでいました。がっかりした顔をされるのがさらに嫌でした。 仕方なしに這って行きます。ついてる膝頭が痛くて、本当にハイハイは大嫌いです。 それでも脳みそは赤ん坊なので、全員が拍手をしながら迎えてくれるとサービスで笑ってしまいます。 ハイハイで移動しか出来ないうちは、つばさは芋虫ゴロゴロで移動しました。痛くないし楽なので。 だからおかーたまの「あんまりハイハイしなくて心配していたがいきなり立った」と言う記憶と一致するはずです。
そうこうするうちに、つばさは( ゚o゚)ハッと、生まれて来た理由を思い出しました。 「やり直すんだったな。人生やり直すってどうすればいいんだ?」 つばさは、自分を大人の男性の転生だと信じています。間違っているかもしれませんが、最初の記憶で叫んでる自分の言葉遣いがそんな感じ(笑)。 そして性格は今と変わっていない気がします。 生まれてしばらく、いわゆる3歳までは、つばさには大人の記憶がありました。 だから子供達と遊ぶ時には自然にリーダーになりました。「知っている事」が多いからです。 そして毎日毎日人間としてどう生きて行くべきなのかを考えていました。中身は大人でも、体は真実の意味で子供です。 ものすごく緻密な論理で話を組み上げていくのに結論を出し、さてどうしようと考えると、幼児の知力なのです。 記憶が強いうちはかなり完璧な人生観を作り出していたように思います。
しかし、それを今ここに述べる事は出来ません。こう言った記憶は3歳くらいを境に無くなるのです。もしかしたら、今初めて考えたつもりの色々な事がその時既に固まったものなのかもしれません。 3歳(と記憶している)のある朝、目が覚めたら自分から大人の記憶が抜き出て行くのが解かりました。 「ああ……。今日から本物の子供だ。今までみたいにはいかなくなる。今日から『朱鷺野つばさ』の人生が本当に始まるんだ」 と思いました。
7歳くらいの時に、「この記憶、後々のために書き残しておくべきではないのかな?」と思いました。なぜなら、つばさの周りにはこう言った事を覚えている友達がいなかったからです。 特別な事だと思っていました。山奥の、子供が100人前後の村に育ったので。 「でも、誰にも相手にされんわな」
時代と環境がつばさに着いて来ないっ!((o(>ω<)o))!! ちなみに、2冊目を読み終えたつばさは、そのまま号泣しておりました。 気になった方は、この日記のバナーをクリックして買ってください(笑)。
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