ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年10月13日(火) 夕暮れシルエット

山里は曇り空であったが市内は晴れていたようだ。

義父が稲刈りをすると云い出してんやわんやの忙しさとなる。

中手の稲なので少なく頑張れば一日で終るのだと云う。

同僚は車検整備を始めていたが中止にせざるを得なかった。

幸いお客さんは急がないと云ってくれ大助かりである。

友人達には連絡していなかったので同僚が手伝わねばならない。

コンバインが満杯になると軽トラックで工場まで運び込む。

そうして直ぐに乾燥機に入れなくてはならなかった。


お昼休みには同僚を休ませてやらねばならず

代わりに私が運び込むことになった。

オートマの軽トラックなので私でも運転が出来る。

義父は昼食も食べる暇もなく必死の形相であった。


そんな最中に緊急の修理依頼が舞い込む。

市内のお客さんが村内でタイヤが破裂したとのこと。

「助けてくれないか」と要請があったがどうしようも出来ない。

訳を話し丁重にお断りしたが気になってならなかった。

お米を運び終えてから電話をしたらロードサービスを手配したとのこと。

役に立てなかったことを深く詫びながら少しほっとする。

今日に限ってである。普段なら直ぐに駆け付けていただろう。

「人助け」は義父が最も大切にしていることである。


午後からは同僚に任せ定時で退社した。

どうかどうか順調に終れますようにそればかりを願う。

平田町の工業団地を抜け自動車専用道路に向かったら

ガードマンが赤い旗を振っていて通行止めとのこと。

仕方なく下道の国道を走って市内へと向かった。

いつもなら30分の距離だが40分も掛かる。


連休明けであったがカーブスは空いていて直ぐに筋トレを始めた。

今日はボードの上で駆け足が出来て嬉しかった。

痛みさえなければと思う。しかしどんな日もあるだろう。

出来る日には出来ることを頑張らねばならない。


買い物を終えて4時過ぎに帰宅。30分程自室で過ごしていた。

笠原メイさんの詩がいつも以上に素晴らしい。

彼は正真正銘の天才だと思う。


5時までは茶の間で過ごし娘と夕食の支度を始めた。

夫は5時10分には食卓に着くので残り物を与えておく。

我が家の居酒屋さんはいつも「テキトウ」である。


夕食後、自室の窓から自転車に乗っためいちゃんと娘が見えた。

もう陽は落ち薄暗くなった土手の道にシルエットが浮かぶ。

何と微笑ましい光景だろうか。胸がほんわかと温かくなる。


夜明けも遅くなり日暮れも早くなった。

日中はまだ夏日が続いているが日毎に秋が深まっているようだ。

あと三週間もすればもう「立冬」である。

私も冬になれるだろうか。秋に置き去りにされやしないか。

日々を縫いながらふっと心細くなった。


※以下今朝の詩

      骨

  透明にはなれない
  ごつごつとした骨

  砕けば粉々になるが
  骨だった記憶が残る

  足にある腕にある
  指先にだってある

  躓けば捻挫をする
  転べば骨折をする

  颯爽とは歩けないから
  ぎくしゃくと歩いた

  見上げれば秋の空が
  何処までも続いていて
  何とちっぽけな姿だろう

  骨は嘆きながら微笑む
  空に映る骨が陽を浴び
  きらきらと輝いていた

  骨として生きるのもいい
  五臓六腑を守りながら
  一歩踏み出す朝であった



     




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