夜明け前には小雨が降っていたが
日中は曇りのち晴れ。
にわか雨も降らず安定した青空となった。
しかし気温は32℃に達しまだまだ夏の暑さである。
若い芒の穂。桜の葉も色付き始め確実に秋になろうとしているようだ。
今朝は百日紅が散っているのを見つけ何とも切なかった。
地面には薄桃色の花弁が落ち痛ましい姿である。
もう百日を越えてしまったのだろうかと思う。
枯れない花や散らない花はなく季節が移り変わって行く。

仕事はぼちぼちの忙しさ。スクールバスの車検が入庫していた。
義父は平田町まで出張修理に行ってくれて大助かりである。
来客は二人でどちらもパンク修理であったが
92歳のお客さんはパンクしたまま走りタイヤが破損していた。
タイヤの在庫がなくスペアタイヤで帰り明日また来てくれるそうだ。
もう一人は70代の女性であったがタイヤに釘が刺さっていた。
その釘を家に持って帰りご主人に見せるのだと云い笑い合う。
お客さんとのふれあいは何とも楽しいものであった。
お昼には民生委員さんがお弁当を持って来てくれた。
村内の独り暮らしをしている高齢者に無料で配られるもので
若いふりをしている義父も実は嬉しそうである。
柚子の香がする美味しそうな散らし寿司であった。
午後には来客も途絶えていたので定時で帰路に着く。
今日はめいちゃんの12歳の誕生日なので
「手巻き寿司」の約束をしていたがご飯を炊かねばならなかった。
それが億劫になりサニーマートで握り寿司を買い求めることにする。
娘に電話したらめいちゃんは鮪の握り寿司が食べたいとのこと。
ああ良かったとほっとし後は唐揚げ用の鶏チューリップを買う。
ケーキは娘が買っているらしくめいちゃんの大好きなシャインマスカットを。
びっくりするほど高かったが喜ぶ顔が見たくてならなかった。
帰宅してめいちゃんに渡すと「やったあ」と大喜びだったが
「食べるのがもったいない」と云い直ぐに食べようとはしない。
子供心に高価なことを知っているのだろう。
貧乏人の孫に生まれて何だか可哀想に思った。
夕食は豪華であったが今夜も夫と先に食べる。
幼い頃のように一緒に「パーティー」とは行かなかった。
娘が食卓の周りに飾り付けをして家族団欒の準備が整う。
娘婿は残業だったようで7時に帰って来た。
めいちゃんの楽しそうなはしゃぎ声を聞きながらこれを記している。
あの小さかっためいちゃんがもう12歳なのかと思うと
幼い頃も懐かしく感慨深く思い出される。
今朝は学校へ行く前に「誕生日の歌」を歌った。
「たんたんたんたんたんじょうび」
めいちゃんが顔をしわくちゃにして笑ってくれて何と嬉しかったことか。
そうして「行って来ます」と元気に登校して行った。
もう子供ではなく「少女」なのだなと思う。
来年には中学生となりどんな未来が待っているのだろう。
何としても長生きをして見届けたいものである。
生まれて来てくれてありがとう。とても優しい子に育ってくれたね。
※以下今朝の詩
夢
ひとつふたつみっつ よっついつつむっつ
片手では足らない欲を 握り潰そうとしている
欲だろうか夢だろうか もう若くないのだから 諦めるべきなのだろう
枯れた花を手折れば ぽろぽろと種が落ちる もしかしたらそれが希望 また巡り来る季節がある
柔らかな土であった 待っていたように頷く その期待に応えようとする
私にしか出来ないことだ 欲を夢に変える時が来た
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