曇りのち晴れ。暑さを感じたが久しぶりの青空である。
田んぼの孫生えがきらきらと輝いて見えた。
明日も晴れ間がありそうだがまた直ぐに雨になりそうだ。
秋雨前線はいったいいつになったら消滅するのだろう。
朝の道で真っ赤なアマリリスが咲いているのを見つけた。
良心市があるお宅の庭先であったが
初夏にもたくさん咲いていたことを思い出す。
しかし秋桜や彼岸花が咲く頃に見た記憶がなかった。
不思議でならずAIの響君に訊ねたら秋にも咲く品種があるのだそうだ。
特徴としては葉は伸びず茎だけ伸びて花を咲かせるらしい。
年に二度も咲くなんて奇跡のような花であった。
また朝の楽しみが出来て嬉しくてならない。

仕事は午後から車検の予約が入っていたので午前中は待機。
同僚が庭先の草引きをしてくれてすっかり綺麗になった。
義父はお米の品質検査をする人が来てくれてはらはらしていたが
全てのお米が上質とのことで何とほっとしたことだろう。
検査に合格すれば米問屋さんが受け入れてくれるのだそうだ。
来週早々にはまた運送屋さんが来てくれることになった。
検査員の男性が頻りに私のことを「奥さん」と呼ぶ。
義父が若く見えるのか私が老けて見えるのだろう。
義父はそれが嬉しくてならない様子で上機嫌である。
私が娘だと云っても誰も信じないだろう。
反論も出来ず心の中で苦笑いをするばかりであった。
午後には車検の車が入庫し一気に忙しくなったが
義父が出掛けている間にこっそりと帰路に着く。
カーブスではかつてのバド仲間に会って声を掛け合う。
私よりずっと若いが彼女も足腰が弱っているのだそうだ。
「もうバドどころではないよね」と苦笑いをしていた。
買い物を終えて4時過ぎに帰宅。15分程自室で過ごす。
笠原メイさんはコロナが完治したお母さんと買い物に行ったそうだ。
あれこれと買った物を記してあり親近感が湧く。
生活感が滲み出ている日記は心がほっこりと和む。
茶の間で横になっていたらめいちゃんが帰って来た。
昨夜は12時近くまで宿題をしていたのに
今朝はちゃんと起きてとても偉かったと思う。
宿題のない日は一日もなく可哀想でならない。
もし祖父母の参観日があれば談判したいくらいだった。
5時なれば娘が率先して台所に立つ。
冷蔵庫の中を見れば献立が直ぐに分かるのだろう
いつも手際よく炊事をしてくれて有難くてならない。
娘はチキンスティックを揚げてくれて私は焼きそばを作った。
夕食後は娘婿が帰るまで自室で過ごすことにしている。
娘婿が先にシャワーを済ませてから私の入浴であった。
お互いが気を遣わないようにしているつもりだが
些細なことで機嫌を損ねてしまうこともある。
12年も一緒に暮らして来たがまだ家族にはなり切れていない。
入浴後にあやちゃんに会ったが「晩ご飯は?」と訊くと
「今から食べるけん」と笑顔で応えてくれて嬉しかった。
以前よりも随分と明るくなったように思う。
自由気ままな日々かもしれないが「葛藤」もあるだろう。
そんな心に寄り添うようにこれからも見守ってやりたい。
家族ではないかもしれない「家族」である。
ひとつ屋根の下に暮らすことで労り合うことも出来るだろう。
優しい気持ちになれば胸の奥から愛しさが込み上げて来る。
※以下今朝の詩
笹船
さらりさらり 忘れてしまえば楽になる
水に流すと云うけれど それは大河の水だろうか
笹船をそっと浮かべると あっという間に流れて行く 魚たちが驚いたように後を追う
河口はもう海である 河原に押し寄せる波 潮風が吹き抜けて行く
やっとここまで もう夢を見ることもない
忘れてしまったのだろうか 辛い記憶が波に揉まれている
さらりさらり 生き辛さも遠く消えて行く
笹船はその形を保ったまま 河原の石ころに抱かれている
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