安定の晴れ。気温は33℃に留まり猛暑は和らいでいた。
九州では今日も厳しい残暑に見舞われ
熊本の水俣市では38℃を超えていたようだ。
せめて少しでも秋らしさをと願うばかりである。
東京ではゲリラ豪雨。幸い浸水被害はなかったようだが
危うく千葉の二の舞にもなり兼ねなかった。
短時間での大雨ほど怖ろしいものはない。
日本中が平穏になるのはいったいいつのことだろう。
今朝は夫の車で通勤。早目に車検を受けることにした。
同僚の手が空いているうちにと思う。
タイヤ交換やオイル交換等と高額な車検整備となった。
二時には車検が完了し乗って帰ることが出来る。
義父は朝から籾摺りで出荷の準備に余念がない。
今日は2トンの袋詰めが完了する。
訊けばまだ二回の稲刈りが控えているのだそうだ。
何だか気が遠くなるような目まぐるしさである。
お米の出荷先は高知市内の大きな米問屋だが
やはり昨年の半分以下の価格だと云うこと。
昨年のお米がまだ倉庫に沢山残っているのだそうだ。
それでも買い取ってくれるのだから有難いことである。
「骨折り損のくたびれ儲け」であるが決してゼロではなかった。
タイヤ交換をした夫の車はハンドルが軽くなり絶好調だった。
しかしカーナビの操作が分からずラジオが聴けない。
仕方なくテレビモードにしNHKを聴きながら帰る。
3時には帰宅しており30分程自室で過ごしていた。
笠原メイさんの日記が早めに更新されていてほっとする。
その後は茶の間で横になりいつの間にか寝ていたようだ。
今週はお盆休み明けのせいか何とも辛かった。
とにかく午後は眠くてたまらない。
お昼寝の癖が付くと厄介なものである。
夕食後ひと休みしてお風呂に入ろうとしたら
浴槽にお湯が溜まってなくてがっかりである。
夫はシャワーなのでお湯張りスイッチを押し忘れたのだろう。
仕方なく私もシャワーで済ませたが何とも物足らない。
夫に文句を云っても始まらず黙っておくことにした。
めいちゃんのダンス教室のある夜だがお休みするのだそうだ。
訊けば夏休みの宿題を殆ど手を付けていないとのこと。
流石に焦って来たのだろう。それも可哀想でならない。
私も子供の頃に経験が在るが宿題は少ない方がずっと良い。
義妹からは一切の連絡が無くその後の経過も分からなかった。
医師からの説明もなく「家族なのにな」と夫も嘆いている。
以前に母も入院していた病院であるが
弟夫婦が毎日面会に行ってくれたのでそのつど報告があった。
医師からの説明も確かにあったと記憶している。
義妹の場合は何が違うのだろうと理不尽に思えてならない。
「まあそのうちに」と夫も心配を遠ざけようとしているが
一番辛く不安なのは義妹なのを忘れてはならない。
夜空の月はもう半分ではなかった。
今日よりも明日とふっくらと膨らんでくることだろう。
※以下今朝の詩
波
見えるもの見えないもの 知っていること知らないこと
さてこれからである 一歩進んで二歩下がる 足の痛みを引き摺りながら 与えられた道を歩いて行く
百日紅ほうせん花鶏頭と 花達はゆっくりと秋になり 私を取り残そうとしている
老いには勝てないのか いや闘ってみないと分からない 負けることを怖れてはならず 立ち向かって行かねばならない
若き日の記憶が押し寄せて来る まるで波のように足を掬われる
転んでしまえばもう起き上がれない 歯を食いしばって足を踏ん張るのだ
残り少ない人生ならば尚更のこと 生きた証を残さねばならない
私を忘れないでください
こんなにも生きていたことを 波ならばきっと知っている
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