曇り時々晴れ。猛暑は和らいでいたが蒸し暑さは変わらない。
エアコン無しではとても過ごせず我が家はフル稼働であった。
関東ではゲリラ豪雨があったとのこと。
雨が降れば涼しいが降り過ぎても戸惑うものである。
幸い被害の報道は無かったが明日も注意が必要になりそうだ。
お盆に入り何だか空気がぴりぴりしているように感じる。
霊感が強いせいかもしれないが沢山の霊が見えるようだった。
「盆帰り」は一年に一度のこと。霊も仏さんになり帰って来る。
昨日は母の位牌に手を合わせて来た。
今年も我が家にきっと帰って来てくれるだろう。
母にとっては三度目のお盆である。

朝の内に薬局へ先日不足していた薬を受け取りに行く。
郵送も出来るが「立ち合い」が必要とのことで簡単には行かない。
薬局から赤鉄橋を通り市街地を抜けサニーマートに行った。
駐車場は満車状態でしばらく待機しやっと停めることが出来る。
店内は大勢の人で混雑しておりカートを押すのも大変だった。
握り寿司やオードブルが並びお刺身用の魚は驚くほど高い。
とにかく安い物をと焼き鳥用のせせりを買って帰る。
昼食は「ざるうどん」で済ませ例の如くでお昼寝であったが
2時間程で目が覚め後は自室で過ごしていた。
退屈しのぎに昨年の9月の日記を読む。
詩は「昭和シリーズ」を書いており懐かしくてならない。
日記に転記していなければ書いたことも忘れてしまっただろう。
もう一年にもなるのかと思うと感慨深いものがあった。
一時間程読み耽っていたが煙草の量がハンパない。
一箱があっという間でほとほと嫌気が差して来る。
何とか禁煙出来ないものだろうかと自分を責めるばかりであった。
途中で部屋を抜け出し洗濯物を畳む。
めいちゃんの小さなブラジャーが可愛い。
後ひと月もすればもう12歳の少女であった。
今朝はSNSに三歳の頃の写真を掲載したが秘密にしてある。
知っても決して怒りはしないだろう。むしろ喜ぶような気がした。
「こんな頃もあったね」それは大切な思い出のアルバムであった。
4時になると笠原メイさんの日記を読みそれを日課とする。
親近感は湧くがまだ一度も声を掛けたことがない。
遠くからエールを送りたい彼はそんな存在である。
同時に私も励まされているような気がするのだった。
5時になり娘が焼き鳥を焼いてくれた。
後は冷蔵庫にある頂き物の夏野菜を素揚げにして
私は大好物のゴーヤのきんぴらを作った。
めいちゃんが出掛ける準備をしていたので訊けば
木曜日なのにダンス教室があるのだそうだ。
いつもより遅い時間だったが夕食も食べずに娘と出掛けて行く。
先日プチ旅から帰って来てから我が家は賑やかになったが
声は聞こえても姿が見えない日々が続いている。
おじいちゃんの夫が云うには「もう子供じゃない」のだそうだ。
私もいつかは仏さんになるがお盆が楽しみでならない。
帰る場所がある。ひ孫の顔だって見ることが出来るのだ。
※以下今朝の詩
仏壇
子供のころ仏壇が怖かった 扉が開いているといっそう ゆうれいが棲んでいるように思う
父方の祖父はいつも寝ていて 笑った顔を見たことがなかった 家の中で走り回っていると 「うるさい」と怒鳴り声がする
七歳頃だったろうか その祖父が死んでお葬式があった 従姉妹が「お別れしようね」と おそるおそるお棺の中を覗くと 今まで見た事も無いような寝顔で 安らかに眠る祖父の姿が見えた
死んでしまったら仏壇に入る 子供心にまるでお墓のように思う 蝋燭の炎まっすぐに立てられたお線香
仏間には確かに季節があったが 春だったのか夏だったのか 思い出すことが出来ずにいる
仏壇の中から手が伸びて来て 髪の毛を引っ張られるような気がした
祖父はゆうれいになったのだと思った
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