ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年08月12日(水) まだまだこれから

今朝はほっとするような涼しさであった。

もしかしたら秋かも知れないと思いつつ

いやいやまだ早いと心がせめぎ合っていた。


台風が東から西へと異例のコースを辿ったせいらしい。

一時的に秋めいて来たのか日中の猛暑も和らいでいた。

次は台風17号である。15号とほぼ同じコースのようだ。

関東を直撃する台風は珍しくやはり異常気象なのかもしれない。

どうして他人事に思えようか。いつだって明日は我が身であった。



今朝は予定通りの納車。お客さんの家は国道沿いなので助かる。

今度こそ不備はないことを伝えお客さんもほっとしたようだ。

奥さんは大喜びでさっそく私物の荷物を積み込んでいた。

安物の中古車であっても自分の車は嬉しいものである。


ご主人が軒下に吊るしてあった玉葱を取ってくれた。

遠慮なく頂き助手席に転がし山里の職場に向かう。

山道では例のねむの木を愛で黄花コスモスを愛でる。

いつもの良心市でニンニクを買った。

大きなスイカも並んでおり季節感が漂う。


職場に着くと工場にコンバインが2台並んでいた。

いよいよ稲刈り目前である。義父も上機嫌で準備に余念がない。


午後から少し時間の余裕が出来たので今日こそはと育子先生を訪ねた。

二人で手を取り合って再会の喜びを交した。

胸が一杯になり今にも涙が出そうになる。

育子先生は心配していた通り足が不自由になっていたが

張りのある声は昔と変わらず満面の笑顔である。

とても91歳には見えない精気が感じられた。

私が弱音を吐けば「まだまだこれからよ」と励ましてくれる。

心細さも不安も一気に救われたような気がした。

こんな私でも応援してくれる人が居る。

何だか奇跡のように思えてならない。

つかの間の再会であったがとても濃い時間であった。

「また会いに来てね」まるで永遠の約束のようにして別れる。

私もこれを最後にしてはならないと念じるように思った。


私が昔から好きでならなかった大きな欅の木。

一度は病気になり枯れてしまったが

今は濃い緑の葉をたわわに茂らせている。

そんな生き方もあるのだ。まだまだこれからなのだと強く思う。


※以下今朝の詩


     百日草

  朝に夕に水を遣る
  そうしないと直ぐに
  萎れてしまうのだった

  百日咲くと云うその花は
  赤や黄色の花弁を装い
  夏の陽射しに立ち向かう
  その健気さに胸を打たれる

  哀しい事など在りはしない
  けれども時々ふっと
  切なくなる時がある

  長く生きていると
  知りたくなかったこと
  見たくなかったことが
  日々押し寄せて来るのだった

  こころに蓋が出来ずにいる
  見て見ぬ振りも出来やしない

  受け止める度に強くなる
  花ならば花として生きよう

  百日目の姿を目に浮かべた
  最後まで微笑みを絶やさず
  ちいさな秋を待っていたい



 < 過去  INDEX  未来 >


anzu10 [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加