薄い雲に覆われた空。陽射しも弱く暑さは和らいでいた。
夜明け前には爽やかな風が吹いておりちいさな秋を感じる。
長期予報では雨の日が多いが晴れたら厳しい残暑になるとのこと
燃え尽きる夏をこの目で確かめねばならない。
今朝は出勤しようと家を出るなりお向かいの庭先に目が行った。
すると一昨日写真を撮らせてもらった百日草が姿を消している。
そうだったのかとやっと気づいた。一鉢のみの花だったのだ。
気の毒でならなかったがお向かいの奥さんの好意が嬉しかった。
花好きの奥さんなのにそれを惜しげもなく届けてくれたのである。
何と云う優しさだろうと感動で胸がいっぱいになった。
大切にしなければならない。決して枯らしてはならないと思う。

お盆休みも近くなり工場の仕事は一段落していたが
義父は今日も工場の片付けに精を出していた。
同僚も手伝っておりまるで親子のように見える。
義父は上機嫌で嬉しくてならない様子であった。
片付けが整えばいよいよ稲刈りであるが
お天気が安定しない限り先延ばしになりそうである。
どの農家さんも同じで義父の焦りも薄れており何よりに思う。
どうやら稲刈りはお盆明けになりそうだった。
刈り始めたらあっという間だがどれ程忙しくなることだろう。
2時に退社し市内の内科病院へ向かった。
今朝で薬が切れてしまいぎりぎりの通院である。
診察は取り止め薬の処方だけに留めた。
医師とはほんの僅かの面談で済む。
病院はガラガラに空いており職員の方が多い。
それだけ若い医師は頼りないのだろう。
何だか診察を受けなかったのが気の毒に思えた。
病院から直ぐにカーブスに行きたかったが
薬局で30分も待たされどうしようもない。
薬の在庫が足らないのだそうだ。
とりあえず20日分だけしか受け取ることしか出来なかった。
残りの40日分は後日また来なければならない。
3時半を過ぎており大急ぎでカーブスへ向かう。
今日を逃したら盆休みとのことで土曜日まで休みだった。
お仲間さん達ともしばらく会えないので「良いお年を」と云い合う。
買物を終えて4時半に帰宅したらポストに封書が届いていた。
先日詩を送った「育子先生」からで嬉しくてならない。
私の詩が嬉しくて何度も読み返してくれたそうだ。
最近は足腰が弱り杖を欠かせないそうだが元気そうでほっとする。
句集も同封されてありご主人と一緒に俳句を詠み続けているようだ。
その俳句の何と素晴らしいことだろう。目から鱗であった。
これこそが本物の俳句だと感動で胸がいっぱいになる。
そうして「会いに行こう」と躊躇わずに思う。
いつが最後になるか分からない。後から後悔だけはしたくなかった。
縁を貫く。縁なくしてどうして出会ったのだろうと思う。
※以下今朝の詩
灰汁 沸騰すると灰汁が出る その泡のような塊を 丁寧に掬うのだった
私は肉だ どうしようもなく肉である
骨と血にまみれた肉にも いのちのようなものがある 沸き立つお湯ならばなおさら 激しい痛みに耐えねばならない
牛だったのか豚だったのか もう忘れてしまったが 最初に首を落とされたことは 忘れることが出来ずにいる
私はそうして肉になった もう草を食むことも出来ない
しかし殺されたとは思わない 元々肉になるために生まれた 毎日たくさんの餌を食べて 逞しく育って来たのである
灰汁は生まれた時からあった きっと母親に似たのであろう
さらりさらりと生きて行けない 欲深くいつも何かを求めていた
灰汁はいのちの結晶である そのいのちを捧げようと思う
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