ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年07月25日(土) 黄花コスモス

今日も青空とは云い難く白く霞んだような空だった。

気温は38℃を超え厳しい暑さとなる。

暑さで有名な江川崎はほぼ40℃で全国7位だったようだ。

上には上があるもので岐阜県では今日も40℃を超えていた。

今年の夏は暴力的だと聞いたが正にその通りである。

来週から朝の気温が少し低くなりそうだが

せめて朝晩だけでも過ごし易くなって欲しいものだ。


朝の山道であっと驚くことがあった。

例のねむの木の花がまた満開になっていたのだ。

確かこれで5回目ではないだろうか。奇跡のような花である。

庭先に住人の方の姿が見えていたが声を掛けられず残念でならない。

訊けば詳しいことがきっと分かるだろう。

何か特別の習性があるのに違いない。


峠道を越え山里の県道を走っていると

もう黄花コスモスがぽつぽつと咲き始めていた。

秋のコスモスより早く咲くのは知っていたが

これもまた奇跡のように思えて嬉しくてならない。

朝の道には数え切れない程の楽しみがいっぱいある。



職場に着くとエアコン修理が完了しており私が納車に行くことになった。

宿毛市の片島地区で単独で行くのは初めてであったが

とにかく行って見ようとおそるおそる出掛けて行く。

お客さんの家は電気屋さんなので看板だけが頼りであった。

しかし道なりに走ると片島港に着きあたふたと街中に入る。

街全体に潮の香りが漂い長閑な街並みが続く。

電気屋さんの看板は直ぐに見つかりとてもほっした。

お店の前に車を停めるなりお客さんが飛び出してきてくれる。

エアコンが直ってとても嬉しそうだった。


義父は仕事が一段落したので今日こそ田んぼに行くと云う。

稲を刈ってもお米を買い取って貰えないかもしれないとのこと。

お米問屋さんには昨年のお米が沢山残っているのだそうだ。

稲刈りを取り止める農家さんもいるらしいが

義父は「捨てる訳にはいかん」ともう稲刈りを決めている。

お国が備蓄米を放出したのが原因らしいが

農家の苦労はそうして水の泡になって行く。

誰が救ってくれるだろう。お国以外に考えられないことだった。

こんな理不尽な事がまかり通るのだから不信感でいっぱいになる。


同僚は厄介な修理に精を出していたが

「ごとごとやりよ」と声を掛けて定時で退社した。

土曜日はカーブスも休みなので何の楽しみもないが

たまには早く帰って寛ぐのも良いだろうと思う。


今日は「市民祭」で夕方から「提灯台」が市内を練り歩くので

娘達は夕食不要とのこと。サニーマートには行かない事にして

朝の山道をゆっくりと走り四万十大橋を渡り帰宅した。

夕飯は近所のローソンで夫に牛丼、私はペペロンチーノである。

大相撲を観ながらであったが豊昇龍が休場とのこと

明日が千秋楽なのに残念でならない。

優勝は安青錦だろうか、明日になって見ないと分からなかった。


「おばあちゃんお風呂入った?」あやちゃんが訊きに来る。

市民祭に行くこともなくなりもう何年目だろう。

娘達が出掛ける度にお留守番をしている。

誘うこともしないのでふっと憐れに思うが

娘に云わせると「行くはずがないじゃん」ときっぱりと応える。

あやちゃんは一歩も家から出ようとしない。

小さくなった靴を娘が新調しても履くことはなかった。


「晩ご飯は食べた?」訊ねると「うん食べたよ」と明るい声で応える。

おじいちゃんもおばあちゃんも家に居るから

寂しい思いだけは絶対にさせないからね。


そうして夜が更けて行く。

街を練り歩く提灯台の明りが鮮やかに目に浮かんで来た。


※以下今朝の詩


     氷菓子

  海へ続く坂道の途中に
  かき氷屋さんがあった

  しゅるしゅると氷を削る音
  それは硝子の器ではなく
  木枠の中に溜まっていく
  花の形をした木枠であった

  おばさんがぎゅぎゅっと詰める
  同じ形をした蓋のようなもので
  押し付けて崩れないようにする

  氷の花が出来上がると
  いちごやメロンのシロップをかけた
  長い柄が付いていて食べやすい
  溶けないうちにかじりつく

  確か三十円だったと記憶している
  昭和四十年代の夏の日であった

  懐かしくて無性に食べたくなるが
  もうかき氷屋さんは消えてしまった

  海辺の町の思い出は
  潮風に吹かれ続けている




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