| 2026年07月23日(木) |
愛は感じるものである |
二十四節気の「大暑」一年で最も暑い頃である。
今日も全国的に厳しい暑さとなり
静岡県浜松市では41℃を超えたそうだ。
四万十市は37℃、江川崎では39℃を超えていたそうである。
この厳しい暑さはしばらく続き日本中が燃え尽きてしまいそうだ。
「立秋」まで後2週間程、何としても耐えなければならない。
朝の国道の伊豆田トンネルを抜けると大きな荷物を背負ったお遍路さんが
よろよろしながら歩道を歩いており気になってならない。
さほど高齢ではなく60代位に見えたのだが
大きな荷物がとても辛そうに見えた。
おそらく野宿を続けているのだろう。テントや寝袋や自炊道具
どれも無くてはならず背負って歩かなければならない。
おまけにこの猛暑である。どれ程体力を消耗することだろう。
そうしてその姿が憐れでならず胸に熱いものが込み上げて来た。
逆打ちだったので窪川の岩本寺に向かっているようだった。
車だと一時間の距離だが一日中歩けばかなりの距離である。
どのような境遇であっても分け隔てなくと思う。
どうか無事に着きますようにと祈るばかりである。

義父は午前中に「鍼灸診療所」へ行っていた。
まだ通い始めたばかりで効果は定かではないが
気長に治療を続けようとしている。
今日も10カ所にお灸をすえてもらったそうだ。
帰宅するなり車検を2台済ませ今日も忙しい。
田んぼに行きたがっていたがそんな余裕もなかった。
「痛いけんどやらなあいかん」に「暑いけんどやらなあいかん」である。
事務仕事も忙しくとても大切な書類が行方不明になった。
義父には散々叱られ追い詰められる。
誤って捨てたのかもしれないとゴミ箱も確認したが見つからない。
ついに私もボケたのかと本気で思う。
その書類は再発行してもらい何とか整ったが
今度は車検に使う適合証の綴りが忽然と消えていた。
とても重要な物なので義父も一緒に探してくれたが見つからない。
始末書では済まない国の指定工場が取り消しになるのだそうだ。
困った困ったどうしよう。ふっと母の遺影に手を合わせていた。
そうしたら今朝古い綴りを出して調べ物をしていたことを思い出す。
もしやと思いロッカーを開けたら古い綴りと一緒に仕舞ってあった。
見つかって良かったが私の大きなミスである。
定時を少し過ぎていたがカーブスへ向かう。
今日は気疲れしていたので良き気分転換となった。
しかしまだまだミスは続き今度は会社のお財布がない。
同僚に電話して確かめて貰ったら机の上に置き忘れていた。
明日まで同僚が預かってくれるそうでほっとする。
二度あることは三度あると云うが今日はミスだらけだった。
帰宅して夫に話したら「暑さのせいだろう」と笑い飛ばしてくれる。
その夫はぎっくり腰になっており今朝は起き上がれなかった。
歩くこともやっとで義父以上に憐れでならない。
自分の辛さは二の次にして私の愚痴に耳を傾けてくれる。
まるで観音様のような人だと思った。
「この人を失いたくない」と改めて思った夕暮れ時のことである。
価値観の違いや若き日のいざこざはあったが
46年間一緒に暮らして来た夫婦である。
愛情失くしてどうして寄り添うことが出来ただろうか。
愛は目に見えない。愛は感じるものである。
※以下今朝の詩
仕合せ
この先っちょと あの先っちょを ぴぴっと繋いだら 仕合せになるそうだ
やってみないと分からない 震える手でそれをしてみる
少女は悲劇のヒロインとなり 哀しい顔を演じ続けていた 拍手が鳴り響く劇場で アンコールを待っていた
先っちょは熱い 先っちょは冷たい
繋げばいったい何が 流れて行くのだろう
どうせ似合わないのだから そう思いながら衣装を着た
仕合せは絹のように柔らかく 肌に馴染もうとする 最後には微笑むのだろうか
踊ることはむつかしい 仕合せは戸惑いながら ほっと息を放っていた
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