| 2026年07月22日(水) |
犬も歩けば棒に当たる |
晴れ時々曇り。陽射しが弱まると白い幕が下りたようになる。
風は殆ど吹かずもわんと立ち込めるような大気であった。
気温は36℃の猛暑日であったがまだ序の口で
三重県や岐阜県では40℃超えの酷暑日となる。
家の中に居ても熱中症で亡くなる人もあり気の毒でならない。
エアコンがあっても点けない高齢者が多いのだそうだ。
朝の国道では向日葵と百日紅。暑さに負けず何とも逞しい。
百日紅は秋まで咲き続けるが新梢の枝先に新たな花芽が出来るのだそうだ。
そのせいで百日咲く花として名付けられたのだろう。
いつの時代に日本に渡って来たのか定かではないがアジア系の花らしい。

仕事は今日もてんやわんや。同僚も義父も大忙しである。
同僚は車検整備であったが義父はオーディオの修理をしていた。
3時前には直りまた田んぼへ出掛けて行く。
いくらお米が安値でも稲を刈らなければならない。
丹精込めて育てた稲をどうして無下に出来ようか。
幸いと云うべきか皮肉と云うべきか今年は豊作になりそうだ。
整形外科のリハビリがあり病院へ向かう。
今日は空いていて15分程の待ち時間であった。
U君の笑顔に癒され今日もうっとりと施術を受ける。
「また来週ね」声を掛け合うと切なくてならない。
買物を終えて4時半に帰宅。
直ぐに自室に向かったが室温が38℃もあった。
エアコンと扇風機を点けねじり鉢巻きをして
笠原メイさんの日記を読む。
体調が思わしくない様子で気になるが
何だか淡々としている処が彼らしいなと思う。
それは決してお涙頂戴ではなかった。
だから誰も同情しない。それが彼の「目的」だと思う。
どのような境遇であってもすくっと前を向いているのだった。
ひとは嘆けば嘆くほど深みに嵌る。
自分が一番可哀想に思えて来るものだ。
だからと云って救いの手を待つことはしない。
ようは可哀想な自分が好きでならないのだ。
そうして悲劇の主人公を演じようとする。
他の誰でもない私のことである。
随分と昔の事だがネット上で「不幸好きの女」と晒されたことがあった。
それは少しショックであったが「よく知っているな」と感心した。
誰かに指摘されなければ気づくこともなかっただろう。
幸せいっぱい花いっぱいの暮しなら文句はないが
不安で心細くてならず枯れそうな花に水を与え続けている。
※以下今朝の詩
棒
とぼとぼと歩いていたら 棒のような物に当たった 少し曲がっているそれは 地面から突き出ている そっと触れてみたら柔らかい
植物の茎だとしたら やがて緑になるだろう 花だって咲くかもしれない
避けて通り抜けようか 見て見ぬふりをしようか しかし当たってしまったからには 向き合うべきだろうとおもう
長い道のりであった 苦労の多い人生であったが 少しも辛くはなかったのだ
おそらく曲がったままだろう 地面から生まれた棒は 夏の陽射しを受けながら きらきらと輝いている
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