ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年07月09日(木) 今日はここまで

朝のうち霧雨が降っていたが直ぐに止み

日中は梅雨明けを思わすような晴天となった。

気温は31℃、まだまだ序の口の暑さである。

福岡の久留米市や大分の日田市では35℃を超えていたようだ。


今朝もねむの木の花を楽しみにしていたが

残念ながら枯れ始めており枝に張り付いていた。

しかし三度も咲いた花である。また咲くかもしれない。

諦めずに明日の朝も見守ってやろうと思う。


木槿は新しい花を咲かせていたが萎んだ花が多い。

写真を撮るのは諦めたがこれも見守りたい花であった。

民家の庭先には鳳仙花が咲き百日紅も咲き始めている。

見つけると嬉しく心にも花が咲いたような気分になった。



仕事はなんとか順調に思えたが昨日入庫した車が不法改造をしており

修復しない限り絶対に車検は通らない。

軽トラックだが荷台に木材で細工し嵩上げをしているのだった。

義父の指示を受けて同僚は取り外しの作業である。

例の車検待ちの車は義父の都合で午後からになった。

お昼に農業関係の来客があり昼食が遅くなってしまい

やっと居室から事務所に来てくれたがもう2時になっていた。

3時までに書類を書き終えないとリハビリに間に合わない。

義父を急かす訳には行かずいざとなれば諦めようと思う。

それにしても思い通りに行かないものだ。

カーブスを諦めリハビリまで諦めなければいけないのだろうか。


やっと車検が終り書類を書き終えたら3時前であった。

市内まではどんなに急いでも30分は掛かる。

慌てて事故を起こさないようにと慎重に車を走らす。

ぎりぎりセーフであった。U君の顔を見るとほっとする。

痛みがあることを伝えるとまた違う施術となり

足よりも腰を重点的に揉みほぐしてくれた。

U君の手の温もりが伝わって来て乙女のような気分である。


買物を終えて4時過ぎに帰宅したが

西日の当たる自室はうだるような暑さであった。

笠原メイさんの日記を読み終えると茶の間に避難する。

夫も暑さが堪えたのだろう今日はエアコンを点けていた。

「もう電気代は気にせんぞ」と宣言する。


玄関のチャイムが鳴りめいちゃんのお友達が来てくれた。

めいちゃんも二階から下りて来て笑顔を交し合っている。

お友達が帰る時「またね」と云えばめいちゃんも「またね」と応える。

ふと明日は学校へ行けるような気がした。


5時になったが娘は美容院へ行っており夕食不要とのこと。

夫と二人で安物のステーキを焼いて食べた。

夫はここぞとばかりにガツガツと食い意地が張っている。

その口元は不気味で見続けたいとは思えなかった。


「ごっちょさん」夫に声を掛けて自室で食後の一服である。

暑さに耐え切れずとうとうエアコンを点けた。

これで我が家は全室のエアコン祭りである。

電気代を惜しんでは生きていけない過酷な夏の始まりであった。


いま7時50分。窓の外はまだ薄っすらと明るいが

何だか夜が急いでいる様に感じる。

早く早くと空も押し流されているようだ。

今日の栞はここにある。少し皴があるようだが

手のひらで撫で続けていると素直になった。

今日はここまで。「また明日ね」と声を掛けている。


※以下今朝の詩


      牛

  随分と昔のことだが
  大河を流れる牛を見た

  それは確かに生きていて
  必死に泳ごうとしている
  頭が見え隠れしていたが
  つぶらな瞳が空を仰いでいた

  嵐の過ぎ去った日のことである
  河川敷で放牧されていた牛は
  押し寄せて来る濁流から
  逃げ遅れてしまったのだろう

  長閑に草を食んでいた日々
  清らかな大河の流れに
  ずっと守られていたのだ
  さらさらと息をしながら
  命を謳歌していたのである

  やがては屠殺される事など
  思いもしなかっただろう

  ましては濁流に呑み込まれ
  流されて行く事など
  知りもしなかった日々である

  何としても助けてやりたかった
  海まで辿り着けば
  生きているような気がしてならない





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