曇りの予報だったが朝から霧雨が降り続いていた。
九州北部、中国、近畿は今日梅雨明けの発表があった。
四国も直ぐ後を追うだろう。
今日は猛暑日になった地域があったようだが
いよいよ本格的な夏に突入である。
朝の道でねむの木の花を愛で山道を走り抜ける。
紫陽花街道には遅く咲いたのだろうまだ鮮やかな花が少し残っていた。
しかし周りの花は茶に染まり何とも憐れである。
いち早く咲いた額紫陽花は少し違いくすんだような色になっている。
色や種類によって精一杯の最後であった。
木槿の花は昨日と変わらず項垂れていたが
一日花なのでそれも仕方ないことだろう。
晴天が続くようになれば次々に咲くに違いない。

義父はまた高知市に出張。大切な役員会があるのだそうだ。
腰痛は相変わらずであったが機嫌よく出掛けて行きほっとする。
同僚は義父の指示で例の故障車を調べていたが
水漏れのまま走り続けたのでエンジンが再起不能になっていた。
エンジンを交換するより新しく車を購入した方が良さそうである。
経済的に余裕のないお客さんなのでどれ程嘆くことだろうか。
午後からはまた新たな車検整備となり気を抜く暇もない。
昨日車検待ちを承諾してくれたお客さんが先に支払いたいとのこと。
まだ納車も出来ずにいるのに何とも気の毒でならなかった。
義父次第であるが明日の午前中には納車に漕ぎ付けたいものだ。
あれこれと気を揉むのにも少し疲れてしまっているが
少しでも順調にと願うばかりである。
「カーブスに行くけん」同僚に声を掛けて定時で帰路に就く。
FMラジオから吉田拓郎の「祭りのあと」が流れて来て懐かしいこと。
1976年の歌だったようだ。私が20歳の頃である。
喜び勇んでカーブスに行ったが足が痛み思うように出来ない。
やはり毎日動かしていないといけないのだろう。
それだけ効果が出ていたことを思い知る。
無理は出来ずそこそこに筋トレをして帰って来た。
買物を済ませ4時過ぎに帰宅。15分程自室で過ごす。
後は茶の間で寝転んで5時までニュース番組を見ていた。
子供を道連れにする無理心中が多く心が痛む。
夕食の支度に娘の姿はなく一人で頑張った。
めいちゃんの学習塾であったが楽しみにしているようだ。
今週はまだ一度も学校に行っていないが塾は休まない。
土曜日のダンス教室も同じで休むことをしなかった。
めいちゃんの気持ちは図り兼ねて戸惑うばかりである。
老婆心を募らせば夫に叱られてしまうので要らぬ口を叩いてはならない。
今7時45分。窓の外はまだ薄っすらと明るい。
ゆっくりと暮れて行く空に心を委ねている。
出来たこと、出来なかったことが交差しているが
思うように行かなくても嘆くことはせずにいたい。
一針一針と命を縫う日々が続いている。
※以下今朝の詩
木槿(むくげ)
雨に打たれたのだろう 弱々しく萎れていたが 決して亡骸ではなかった
梅雨が明けると 真夏の太陽が照りつける その光に満ちた日々を 胸を張って生きようと思う
どれほどの花だろうか 互いを励まし合いながら 負けまいと声を掛ける
その花びらには命が宿り 夏でなくてはいけない理由を 囁き合っているのだった
花として生まれたことを 誇りに思う 幾日も降り続いた雨であったが それを試練だと受け止めて来た
打たれなくてはいけない 濡れてこそ息が生まれる
やがて満面の笑みを浮かべる 夏の陽射しを身体中に浴びて 命を謳歌する時が来た
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