晴れたり曇ったり。気温は30℃を超え真夏日となる。
風はあったがエアコン無しでは過ごせない暑さであった。
工場にはまだ扇風機も出しておらず気の毒でならない。
同僚に話せば慣れているとのこと。まだまだこれからの暑さである。
朝の道のねむの木はすっかり散っており葉を残すだけになっていた。
先日も確かにそうだったのだ。しかし再び咲いたことを思うと
簡単には諦め切れない。またミラクルが起きる可能性がある。
植物に詳しい愛子ちゃんに訊いたらそれは絶対に在り得ないとのこと。
それでは私が見た花はいったい何だったのだろうと思う。
その愛子ちゃんからまた胡瓜とピーマンを貰った。
茄子も欲しかったのだが今年は不作とのこと。
幸い猿の被害はないようで何よりに思う。
義父は胡瓜の漬物ばかり食べているのだそうだ。
また漬けるぞと今日も喜んでいた。
同僚は3日続けてピーマンを食べたのだそうだ。
さすがに飽いたようで苦笑いをしていた。
我が家も胡瓜漬けの日々が続いているが孫達が好きなので助かる。
買えば3本で2百円とけっこうお高い。

仕事は朝から大忙しで来客も多かった。
支払いのお客さんも来てくれて大助かりである。
義父は稲の消毒を予定していたが明日が雨のため延期になった。
今日は整体も休みで工場の仕事に精を出してくれる。
市内のお客さんがエアコンが効かなくなっており
ガスの補給に出張までしてくれた。
エアコンの修理となれば高額修理となってしまうので
ガスの補給だけでひと夏は凌げる場合が多い。
お客さんは新車購入を検討中で応急処置であった。
同僚は車検整備をしていたがクラッチに不備があり
義父の計らいで中古部品を使用することになった。
廃車置き場に同型の事故車があり部品を脱着することになる。
フォークリフトで事故車を吊り上げ手際良く交換を済ます。
このお客さんも新車購入を検討中で最後の車検であった。
とにかく安くと義父の気遣いが感じられた。
2時を過ぎてからの車検となり今日もカーブスを諦める。
書類作成をしていたら保険会社のY君が来てくれて
義父と話し始めたら一向に終わりそうにない。
滅多に会えないので積もる話もあったのだろう。
何をしてもやり難い世の中になった。
「お互いに頑張ろうな」義父に励まされてやっと帰って行く。
3時になりお客さんが車検完了の車を取りに来てくれた。
そうしたら「いくらかね?」と即金で支払ってくれる。
まさか今日の売上になるとは思ってもいなかったので嬉しくてならない。
お客さんは神様だと今日ほど思ったことはなかった。
義父が我に返ったように「腹が減った」と呟き
昼食も食べずに仕事をしていたことを思い出す。
「はよう食べや」と云えば「飯を炊くのを忘れちょった」である。
大急ぎでお弁当を買いに走ったら串焼きの屋台が出ていた。
2本買って事務所に帰れば「高い肉をもったいない」と云うので
「胡瓜ばっかり食べよったら力が出んぜ」と云うと満面の笑顔である。
ああ良かった。ほっとして帰路に就く。
疲れはあったが何と清々しい一日だったことだろう。
遣り切った達成感程心地よいものはない。
買物を終えて4時半に帰宅。
笠原メイさんは日記に妹さんの事を書いていて微笑ましく読む。
ご両親が居ておばあちゃんも居る。決して独りぼっちではなかった。
親近感でいっぱいになるが彼ほど遠い存在はないのだと思う。
一読者として何が出来よう。声を掛けることも出来ない。
今朝は4年生の時の担任だった「まゆみ先生」の詩を書いた。
もう60年もの歳月が流れたが先生とは今も繋がっており
メールや電話もある。ご主人に先立たれ独り暮らしをしていたが
数年前から東京に住む息子さん一家と同居を始めている。
高知には度々里帰りをしていたが最近ではそれも遠ざかっているようだ。
同窓会にも出席しなかった私は60年も先生に会っていない。
しかしそんな歳月を感じないほど先生は身近な存在であった。
詩や短歌を書き続けている私に「負けたらいかんよ、頑張ろうね」
その励ましにどれほど救われたことだろうか。
※以下今朝の詩
まゆみ先生
四年生の時のことである 国語の時間になるとどきどきした
まゆみ先生は先生になったばかり 色が白くてとても綺麗な顔をしていた
教科書を音読する時になると 必ず私を指名するのである 音読するのはとても好きだったが 毎日となると戸惑ってしまう
ある日のことみんなが言った 「先生はひいきしている」と 吊るしあげられた先生は 教壇で涙を流し始めた
私も泣いた先生と一緒に泣いた
山村のちいさな学校のことである 噂は広がり先生は窮地に立たされた 先生が可哀想でならない 私さえいなければと思う
60年の際月が流れたが あの時の涙を忘れることはない
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