早朝には雨が降っていたが次第に晴れて来て
午後には30℃を超す真夏日となった。
明日からしばらくは雨の日がなさそうだが
梅雨明けにはまだ少し早いようである。
台風9号も発生しておりどうなることだろうか。
今日は「半夏生」昔から田植えの終わる頃とされ
農家の人達はゆっくりと身体を休める日なのだそうだ。
しかし今は田植えが早く休みどころではないようだ。
稲の穂がもう見え始め消毒が必要な時期である。
「いもち病」やカメムシの被害もあって苦労が多い。
義父も明日は消毒をするのだと意気込んでいる。

今朝もねむの木の道を通ったがまた憐れな姿になっていた。
花が腐ったように茶色くなり木にへばりついている。
雨に打たれたせいかもしれないが今度こそ寿命に思う。
しかし二度咲いた花である。またミラクルがあるかもしれない。
明日の朝も見守ってやらねばならない。
どんな姿に変わろうと花には命が宿っている。
仕事は今日も忙しくお昼休憩も出来なかった。
義父は早朝から例のダンプを納車に行ってくれて
その足で市内の整体に向かっていた。
お昼前には帰って来たが腰痛は一向に治まらない。
また痛み止めを服用し午後からの仕事に備えてくれた。
もう一台のダンプも車検が完了し何よりに思う。
同僚は休む間もなく新たな車検整備に取り掛かっていた。
義父はエアコン修理であったが中古部品で直りそうである。
市内の中古部品屋さんに在庫があり直ぐに取りに行った。
部品さえあれば今日中に直るのでお客さんも喜ぶことだろう。
午後2時を過ぎ今日も潔くカーブスを諦めた。
「行きたい」気持ちがあれば仕事も雑になるだろう。
しっかりと腰を据えてやるべきことをやらねばならない。
3時には終えられたが市内の法務局に用事があった。
買物を終えて帰宅すればもう4時半である。
疲れも出ており10分だけ茶の間で横になっていた。
つかの間のSNSであったが笠原メイさんの日記だけは読みたい。
どんなに体調が優れなくても詩を書く。
まるで書くために生きているような姿に感動を覚える。
笹色玉虫さんはとても78歳とは思えないポストを発信していた。
憧れはあるが私とは全く異質の人なのだなと思う。
現実世界では絶対に友達にはなれないだろう。
いつも自信に溢れていて「心細さ」を感じさせない人だった。
波長が合わないと云ってしまえばそれまでだろう。
5時になればお風呂のスイッチを押し夕食の支度を始める。
メニューはすっかりマンネリ化しており家族には申し訳ないが
毎日予算オーバーとなり家計はとても厳しかった。
夫とも話したが食料品の消費税がゼロにならないものだろうか。
半額品を狙うにも限度があり定価では買えない物がとても多い。
「ごっちょさん、ごゆっくりどうぞ」夫に声を掛け自室に籠る。
煙草は3本。茜色に染まる空を見上げる。
一日の終りに挟む栞があればといつも思う。
今日はここまで。明日はここからと印を付けておきたい。
ぐっすりと眠ればまた奇跡のように朝がやって来る。
※以下今朝の詩
合歓(ねむ)
一度散ってしまった花が 再び咲いているのを見た
しっとりと濡れた葉陰で まるで妖精のように咲く
終りだと決めつけてはならない 蕾などなくても諦めないことだ
雨が匂う朝のことである 山里は呑み込まれそうな霧 道を歩く旅人の姿もなかった
花はおそらく眠っていたのだろう 朝陽を待ちながらまどろんでいた
目覚めは突然にやって来る 一斉に咲こうと意を決せば 夜の哀しみが遠ざかっていく
何かが溢れて来るのを 受け止める心が必要だった
何度でも咲こうとおもう いつだって明日があるのだから
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