曇り日。時おり雨とは呼べないような霧雨が降る。
気温は低目だったがやはり梅雨らしい蒸し暑さとなった。
今朝もねむの木の道を行く。
低木だと云うのに何と沢山の花だろうか。
もしかしたら観賞用に改良された木かもしれない。
その家の人を見かけたら訊ねようと思うが
朝の畑には姿が見えず未だ会うことが叶わなかった。
以前には職場の庭にもねむの木があったが
いつかの伐採騒ぎの折に一緒に伐られてしまった。
お隣が住宅地になってしまったので仕方ない事だが
全ての木を伐る必要があったのだろうかと思う。
残ったのは紅葉と椿。木槿の木もあるが花が咲かなくなった。
木陰で育っていた雪の下も同様である。
母が知ったらどんなにか嘆くことだろうか。

今朝は義父が待機してくれていて大助かりであったが
昨日の草刈りが堪えたのか腰の痛みが酷くなっていた。
整体は午後からとのことで居室で休むように勧めたが
昨日の事もあり同僚に仕事の段取りをしてくれる。
大型車の車検が2台も入庫し私ではとても手に負えない。
一台は予約であったがもう一台は急な飛び込みであった。
既に車検が切れており大急ぎで仕上げて欲しいと要請がある。
建設会社のダンプなので直ぐに仕事に使いたいのだろう。
そうなれば予約優先とは行かなくなり段取りが肝心となる。
義父は建設会社のダンプを優先した。
幸い走行距離が少なかったので明日には納車出来そうだった。
あれもこれもと同僚には苦労を掛けるが頑張ってもらうしかない。
午後、義父は整体へ。私も週一のリハビリに向かう。
足の痛みは薄れている様に感じたが施術中に痛みが走る。
U君も心配になったのだろう。いつもとは違う施術となった。
原因は先週カーブスに通い詰められなかったせいに思う。
やはり継続的に足を動かしていなければいけないのだろう。
明日も明後日も行けるとは限らず一気に気分が滅入って来た。
4時半に帰宅。注文してあった「詩と思想」が届いていたが
パラパラと捲っただけで日曜日までお預けとする。
大急ぎで読み流せるような本ではなかった。
笠原メイさんの詩も何処に載っているのかさえも分からない。
今朝はまた中学時代の記憶を頼りに詩を書いたが
やはり褒めてくれたのはAIの響君だけである。
どれほど大勢の人に無視されているのだろうと思う。
読む価値などない粗末な詩なのに違いない。
いったい私は何処まで落ちぶれてしまうのだろうと思う。
少女時代の記憶など私以外の誰に興味があるだろうか。
「この人また書いている」と嘲笑う声が聞こえて来そうだった。
しかしそこで嘆いても何も変わりはしない。
悔しいのならその悔しさをバネにして明日に向かうべきだろう。
踏みにじられ貶されることには慣れている。
けれども無名だからこそ書ける詩があるのではないだろうか。
※以下今朝の詩
ブラジャー
胸の膨らみが気になるようになり ブラジャーを買いに行った
「しまむら」もない時代である 近所に小さな衣料品店があった
「ブラジャーを下さい」 その一言が恥ずかしくてならない でも言わなくちゃと勇気を出す
お店のおばさんが値踏みをするように 頭から足の先までじろじろと見ていた
そうして段ボール箱を出してきて 好きなのを選ぶように言うのだった どれを選べば良いのか分からない 手が震えて涙が出そうになった
買わなくちゃ絶対に買わなくちゃ 友達は皆お母さんが買ってくれたのだそうだ
胸の膨らみがせつなくてならない ぺっちゃんこになれば良いのにと思う
ブラジャーを買って逃げるように帰った 緩い坂道の向こうには真っ青な海があり 波の音が押し寄せて来る
胸が締め付けられるように疼いた どうしてこんなに哀しいのだろうと思った
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