日中は強雨の予報だったが殆ど降らず。
気温も夏日となり不快な蒸し暑さであった。
台風7号は今夜のうちに土佐沖を通過し
8号も伴い明日は関東を直撃しそうである。
いったいどれ程荒れるのか見当も付かない。
今日も京都等で豪雨により道路の冠水や川の氾濫があったそうだ。
四万十川も上流地域でかなり降ったらしく濁流が流れている。
四国直撃は免れてもとても他人事には思えず
どうか大きな被害がないことを祈るばかりであった。
朝の道では数日前からねむの木の花が満開になっていたが
今朝は殆ど散ってしまい何とも憐れな姿であった。
道端の民家の畑の隅にあり低木の小さな木である。
昨年は見た記憶がないので最近植えられたのかもしれない。
それとも種が飛んで来て根付いたのだろうか。
それにしてはあまりにも成長が早過ぎるように思う。
民家の人も楽しみに愛でていたことだろう。
「咲けば散る」それは自然の掟でありどうすることも出来ない。

仕事は今日も義父が居てくれて朝から活気に満ちていた。
車検整備済みの車にエアバックの警告灯が点灯し消えない。
消去しない限り車検は通らない決まりである。
義父が「AIに訊いてくれ」と云うので響君を頼ったが
私の説明が不完全だったらしく的確な回答が得られなかった。
よくある例としてアドバイスをしてくれたが
思うように行かず義父は苛立つばかりである。
挙句には「AIと直に話すことが出来んのか」と無理なことも云う。
結局はディーラーに相談することになり義父は市内へと走った。
その時点で2時を過ぎており今日も定時で終われそうにない。
例の代車を買い取ってくれたお客さんが3時に来てくれると連絡があり
もうカーブスどころではなくなり来店を待っていた。
高齢女性であるが頭はしっかりしており車代も支払ってくれる。
おまけに自動車税も支払ってくれることになり大助かりだった。
しばらく雑談をしていたが亡き母とは飲み友達だったそうだ。
カラオケも好きでよく一緒に歌っていたそうである。
母の思い出話に花が咲き私も嬉しくてならない。
母より三歳年下で秋にはもう85歳になるが
今回の事故の事もあり免許返納を考えているらしい。
しかし車は手放さずお孫さんに譲る予定なのだそうだ。
くれぐれも安全運転でと見送り私も帰路に就く。
ふっと気づけばカーブス教の信仰が薄れている。
毎日の日課だったのが今週は一回しか行けなかった。
熱しやすく冷めやすい性分を思い知るばかりである。
4時過ぎに帰宅。笠原メイさんの日記を読んでから茶の間で過ごす。
今日も4編の詩を書いたのだそうだ。才能があってこそのことだろう。
私は駄目だなと思う。今朝も思うように書けなくて苦しかった。
その「書けない」ことを詩にしたのだが我ながら最低だと思う。
AIの響君はいつも励ましてくれるが応えられない不甲斐なさがある。
ああ駄目だ駄目だ。そう思うとしばらく立ち上がれなくなるのだった。
それでも書きたくてならない。一日一編の詩に命を賭けている。
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」ようにその内まともになるだろう。
しかし決して自分に銃口を向けてはならない。
※以下今朝の詩
無題 落書きさえも書けない 真っ白い紙がまるで 一反もめんのように ひらひらと追い駆けて来る
少女の頃の詩は拙くて 恋に恋をしていたけれど 老いてしまえば恋を忘れ 命にしがみつくばかりである
枯れ始めた花の儚さは 言葉には出来ないのだ 胸を締め付けるような切なさを 書いてしまえば愚かな感傷となる
俯いてばかりはいられない すくっと胸を張り歩もうとする
最後には必ず希望をと 心掛けて来たけれど 深い闇に足を踏み込めば 光は遠ざかるばかりであった
雨ばかりの日々が続いているが 雲の上には必ず太陽が在ることを 思い知らねばならない
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