今は止んでいるが日中は土砂降りの雨であった。
気温も低目で随分と涼しく肌寒さを感じる。
鹿児島県内では線状降水帯が発生し家屋の浸水被害があったようだ。
赤ちゃんを抱いた女性が救助の船で避難している映像が流れる。
水は一気に増えたそうでどんなにか怖ろしかったことだろう
ダブル台風と梅雨前線。明日も何があるやら分からない。
台風は週末にかけて関東を直撃しそうである。
四国も油断はならず細心の注意が必要であった。

今日は義父が整体を休んでくれて順調に仕事が捗る。
腰痛は辛そうであったが一生懸命に頑張ってくれた。
例の事故車は廃車にすることになりお客さんには今貸している代車を
買い取って貰うことになった。同じ車種なのでお客さんも喜んでくれる。
商談は13万円に決まり直ぐに支払ってくれるそうだ。
車検は来年の12月まであるのでお買い得ではないだろうか。
同僚は午前中に車検整備を済ませ午後から例のブレーキ修理である。
キャリパが錆びついていたので随分と手間取ったが
やっと修理が終り納車することが出来た。
明日からはまた新たな車検整備である。
定時を少し過ぎてから土砂降りの雨の中を帰路に就く。
水曜日はリハビリの日で今日は診察もあった。
リハビリではまたU君と語り合えるのが楽しみでならない。
しかし自分からしゃべりだすようなU君ではなく
あれこれと会話の種を見つけては誘う患者であった。
何も話さずに目を閉じていると胸がドキドキするのである。
まるで季節外れの姥桜であった。
リハビリを終えるとレントゲンを撮ったが
ズボンを下ろさねばならずこの歳になっても恥ずかしい。
「女の子やもんね」と技師がバスタオルで覆ってくれた。
その後一時間も待ちやっと診察となったが
レントゲン写真を見ながら医師が唸っている。
左の股関節が3センチもズレているのが私にも見えた。
これ以上ズレると手術はとても難しくなるのだそうだ。
仕事をしている限り手術はとても無理である。
「もうええけん、このまま死ぬけん」と医師に云ったら
「死にゃあせんけん」と苦笑いをしていた。
5時に帰宅。直ぐに娘と夕食の支度を始める。
今日は娘に買物を頼んであったのでメニューが楽しみであった。
3千円の予算であったが「鰹のタタキ」があり驚く。
「スマ鰹」であったが脂が乗っておりとても美味しかった。
夫と夕食を食べながら今日のレントゲンの話をしていたら
「歩けんなったらどうするがぞ」と責めるように云う。
夫はもちろんのこと娘や息子に迷惑を掛けるのは目に見えている。
「けんど、会社があるやんか」と私が歯向かうと夫は静かになった。
無理なことは夫も承知なのだ。けれども心配でならないのだろう。
即手術に臨めるような時間的余裕は全くない。
それよりも月末に向けて如何に会社を守るかが重要であった。
自分の足よりも会社が大切だと云っても過言ではないだろう。
毎日のカーブスとU君の施術のおかげで私は歩くことが出来る。
しかしその陰には気遣ってくれている家族が居ることを忘れてはならない。
歩けなくなったら潔く死のう。それも思い上がりなのだろう。
※以下今朝の詩
扉
とんとんとん 誰かが扉を叩いている かちゃりっと鍵を外す
見知らぬ人であったが 何処かで会ったような 懐かしさが込み上げて来た
あなたはだあれ どこから来たの
天の国から来たのだそうだ 「たましい」には名前がなく それなのに呼んで欲しいと云う
おはいりなさい 遠かったでしょ
椅子に腰掛けたたましいに ブラックコーヒーを淹れた
ひとくち飲めば涙をこぼす 生きている時には 毎朝飲んでいたのだそうだ
どんな人生だったのだろう 思い残すことはもうないのか
部屋に声がこだまする その声も何故か懐かしい
またいらっしゃいね もう鍵は掛けないから
扉は静かに閉まった いったい誰だったのだろう きっと名前があるはずだった
それは雨の夜のことである
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