半分青かった空が次第に雲に覆われ午後には少しだけ雨が降る。
そんな梅雨らしさを愉しんでいた。
朝の道では枯れ始めた紫陽花が切なくてならず
恋をしている少女なら涙を流すことだろう。
恋をしていなくても哀しい。それは女の名残かもしれない。

仕事は午前中に消防車の点検があった。
殆ど走行していないのは平和な証拠であったが
3ヶ月ごとに必ず点検をする決まりになっている。
お昼前には市内からはるばるタイヤ交換のお客さんが来てくれた。
まだ作業を始めていない内から即金で代金を支払ってくれる。
それも大雑把に消費税を抜いた金額だったが
常連のお客さんなので大サービスとする。
午後一にはオイル交換のお客さんが来てくれた。
今年の始めに新車を購入してくれて2度目のオイル交換である。
オレンジ色の「ハイゼットジャンボ」で昨日は川遊びに行っていたとのこと。
そうしたらダムの放流があり危うく車ごと沈んでしまいそうになったそうだ。
まだ若いお客さんで子供さんを連れて行っていなくて何よりである。
その後は高齢のお客さんのブレーキ修理であったが
昨年市内で中古車を購入したらしく完全な整備不良であった。
ブレーキのキャリパはすっかり錆びついていて同僚が難儀するばかり。
高齢者でなくても中古車を購入する時は慎重に選ばねばならない。
2時前に久しぶりに愛子ちゃんから電話があった。
今日は「花」ではなく「茄子と胡瓜」である。
家庭菜園で食べ切れないほど収穫したそうで例の如くで
「すぐに取りにお出で」と待ったなしであった。
定時で帰りたくて気忙しさもあったが大急ぎで駆け付ける。
胡瓜は20本、茄子は10本、ピーマンも10個あった。
義父と同僚にも分けたが残りも多く有難いことである。
とんぼ返りで事務所に帰れば支払いのお客さんが来てくれた。
雑談を少し。とうとう3時になってしまう。
その時点でもうカーブスは諦めねばならない。
ふっとカーブス教にのめり込むのも程々にしなければと思う。
とにかく仕事が一番である。それが常識ではないだろうか。
優先順位を決めて臨機応変に過ごさねばならないのだ。
サニーマートまで帰り着けばセルフレジで「よしむらさん」に会った。
今日はいつも以上に忙しそうで走り回っている。
それでも私を見つけると直ぐに駆け寄って来てくれて有難いこと。
何でも中国人の団体客が来ていたそうで振り回されていたらしい。
セルフレジは簡単なのだがスムーズに行かなかったのだそうだ。
私が「ニイハオよ」「シェイシェイよ」と云うと大笑いになった。
よしむらさんは私の荷物をカートに載せると
「雨が降り出したけん気を付けて帰ってよ」と笑顔で見送ってくれた。
足が不自由で障害者の端くれであるが親切が身に沁みて胸が熱くなる。
サニーマートを出てから市内の中古部品屋さんへ走った。
義父が注文していた部品が品違いで返品しなければならない。
けっこう重かったので車内であたふたしていたら
「すぎもと君」が見つけてくれて車まで取りに来てくれた。
それからやっと家に帰ろうとしたら運送屋さんの車が2台も停まっている。
車を回すことが出来ず仕方なくバックで出ようとしていたが
ハンドル捌きがイマイチで上手く道路まで進めなかった。
そうしたら事務員さんの女性が外に飛び出して来てくれて
「オーライ、オーライ」と誘導してくれて大助かりである。
何だかこの世の全ての人が親切で優しい人ばかりに思えた。
おかげで帰宅出来たがもう4時半である。
横になる暇もなく5時まで自室で過ごしていた。
「高知県文芸賞」の案内が今年も届いていた。
去年は佳作だったので今年こそはと思う。
身の程知らずかもしれないが「挑戦」してみたかった。
貶されて踏みにじられたことを思い出すと口惜しくてならない。
雑草だって石ころだって生きているのだと思う。
古希の挑戦である。このままでは死んでも死に切れないのだ。
※以下今朝の詩
お涙頂戴
ぐるぐるぐる 頭の中で記憶が回っている ぶつかったり転んだりして 少しも静かになってくれない
「むかし」を書けば お涙頂戴になってしまう もうそう云うのはよそう
決して苦労ばかりではなかった それなのに辛かったことばかり 思い出してしまうのだった
記憶が傷ついているのだろうか その傷口が今も残っているのなら 幸せの薬を塗ってやらねばならない
いつまでも少女ではいられない 駆け上がるように上った階段に いったい何を落として来たのだろう
振り向けば青い春 真っ白だった夏があり 色づくことを覚えた秋 そうして冬に私は生まれた
「泣きなさい笑いなさい」 歌声が心に沁みて来る
記憶は留まることをせずに ぐるぐると回り続けている
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