今朝は気温が低く肌寒さを感じたが
日中は爽やかな晴天となり過ごし易い一日だった。
河川敷に大きな栴檀の木があるのだが薄紫の花が咲いている。
さわさわと風に揺れておりいかにも初夏らしい風景であった。
山里の庭にも栴檀の木があるのだが金曜日には気づかなかった。
そう云えば冬の間の実も以前より少なかったように思う。
一昨年の伐採騒動の影響かもしれない。可哀想なことをしたものだ。
今日こそは有意義に過ごそうと意気込んでいたのだが
読書のスイッチが入ったものの直ぐに動かなくなる。
わくわくしながら読み始めた「つれづれノート」であったが
昨年の8月の日記はちょうど関西万博の頃であり
全く興味がないせいもあり読み進むことが出来なかった。
決して期待外れではないのだが銀色さんに申し訳なくてならない。
その上にもっと申し訳ないのは自分の日記を読み始めてしまう。
一年前の日記を読み終えると今度は二年前の日記であった。
あんなこともあったこんなこともあったとすっかり夢中になる。
ささやかな日常のことであっても愛しくてならないのだ。
二時間程読んだろうか。もう「つれづれノート」を開こうともしない。
しかしまたそのうちにきっと読み始める日が来るだろう。
それからサニーマートへ買い物に行ったら文芸仲間の友人に会った。
今朝の高新文芸は二人とも落選だったのでお互いを慰め合う。
そうして「また頑張ろうね」と励まし合うのだった。
友人は私の短歌がとても好きなのだそうだ。
他の誰がそう云ってくれるだろう。こんなに嬉しいことはない。
白髪が目立ち始めていたので美容院へ寄ろうかと思ったが
節約を兼ねて自分で染めようと「白髪染め」を買った。
午後一時間程お昼寝をしてから洗面台の前に立ったのだが
染めるのは簡単でも洗い流すのに一苦労する。
シャワーヘッドなど付いていない洗面台なので
洗面器にお湯を溜めながら洗い流したのだが
七分袖の服はびしょ濡れになり首のタオルも真っ黒になった。
そうなればもう泣きべそである。一刻も早く乾かしたくてならない。
やっとドライヤーで乾かせば見違えるようになるはずだった。
しかし「やや明るい栗色」のはずが以前より暗くなっていたのである。
ここ数年ずっと美容院で染めて貰っていたので色違いだったのだろう。
まさか以前より暗くなるとは思ってもいなかった。
「やや明るい栗色」ではなく「明るい栗色」を選ぶべきだったのだ。
「やや」とは何と曲者だろう。「やや」に騙されてしまった。
染めてしまったからにはもう取り返しがつかず
自業自得でしばらくは我慢しなければならない。
もう後の祭りだが節約などしなければ良かったと後悔するばかりだった。
作家の椎名誠は「白髪のままが良い」と書いていたが
真っ白な銀髪ならまだしもチラチラ白髪はみっともないと思う。
人それぞれであるが髪は昔から女の命であるらしい。
その命を明るくするか暗くするかのモンダイではないだろうか。
誰だって老いには勝てない。顔は皺くちゃになり腰は屈む。
心だって若さを保つのは困難であろう。
どれほど気が若くても「死」が身近になって行くのである。
永遠の命などないのだから与えられた人生を全うしようとしているのだろう。
若い頃の黒髪をばっさり切ったことがあり宝物のように保存していたが
ある日それを見つけた私は燃えるゴミと一緒に捨ててしまった。
※以下今朝の詩
希望
思うようにいかない しかし思いながら 生きているのだろう
種を蒔けば芽が出ると 誰もが願っている 芽が出れば緑が育つ やがて収穫の時が来る
花が咲けば種を残す たとえ一粒であっても 未来を信じようとする
当たり前のことであっても 自然の猛威は厳しく どんな災難が襲って来るか その時になってみないと 分からないのが世の常であった
思うようにいかなくても 嘆くことはするまい
思うことが希望であり その希望を叶えるために 明日に向かって生きようとする
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