ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年03月24日(火) 未来に向けて

予報通りに晴れのち曇り。気温は19℃まで上がった。

風もなかったので過ごし易い一日となる。

今夜遅くには雨となり明日は終日雨の予報であった。

桜が満開なら「花散らしの」の雨になるところだが

まだ殆ど咲いておらずその心配はなさそうである。

むしろ催花雨となる可能性が大きい。


桜より一足早く「山つつじ」が咲き始めている。

山肌からこぼれるように咲いており何とも可憐な花であった。

山里ではお墓の傍にも咲いておりまるで供養の花である。

鮮やかなピンクは魂を安らげることだろう。



仕事は午前中で一段落し午後はゆったりと過ごす。

同僚の手が空いている内にとオイル交換をしてもらった。

「おいくらですか?」と訊いたりして愉快なひと時である。

早朝から田んぼに出掛けていた義父がお昼に帰って来た。

昼食を終えるとまた直ぐに出掛けるようなので

大急ぎで車検の書類を整える。昼休みどころではない。

機嫌が良かったのが何よりで2台の車検が完了した。


今日こそは定時で退社しようと時計ばかりを見ていたら

お客さんから電話があり珍しい花が咲いているとのこと。

直ぐ近くなので大急ぎで駆け付ける。

山野草で「貝母」と書いて「ばいも」と呼ぶのだそうだ。

それは畑の隅にひっそりと咲いていた。

亡くなったお母さんの形見だそうで毎年咲くらしい。

私は初めて見る花で興奮を隠せなかった。

ここに写真を載せられないのが残念であるが

山野草らしく何とも優しく穏やかな佇まいであった。


そうこうしている内に定時では帰れなくなり

今日も少し遅刻してカーブスへ行く。

顔なじみのお仲間さん達が帰った後のこと

「この人は確かに」と見覚えのあるお仲間さんがいた。

メンバーカードの名前を見ると間違いなさそうだ。

思い切って声を掛けてみたが私の顔が分からないらしい。

もう10年近く会っていないので無理もない話である。

歳も取ったが10キロも太ってしまい昔の面影がなかったのだろう。

筋トレ中のことでゆっくりと話すことは出来なかったが

彼女はかつてのバドミントン仲間のTさんであった。

共に汗を流した時代は一生忘れられなかった。

またこれからもきっと会えるだろう。

今日は偶然に会えて本当に良かったと思う。


買い物を終えて4時半に帰宅。

夫は高校野球を観ていて決戦のようだった。

テーブルの上にめいちゃんの通信簿がありこっそりと見る。

「よくできました」がいっぱいあって素晴らしい。

卒業式では涙を流していたそうで優しい子だなと思う。

来年の今頃はどんな少女になっているのだろう。


娘と夕食の支度をしていたらめいちゃんの「かん虫」が起こった。

お菓子の袋を床に投げつけたりして大声で泣き喚いている。

あやちゃんも心配して様子を見に来ていた。

父親の娘婿が助け舟を出しマックにハンバーガーを買いに行く。

帰宅するとご機嫌の笑顔で何とほっとしたことだろう。

これから反抗期もあれば多感な少女時代となる。

初潮はまだないが情緒不安定になることもあるだろう。

あやちゃんとは正反対の性格でまるで水と油のようであった。


10年後を思い浮かべる。夫は84歳、私は80歳になるが

生きて孫達の成長を見届けることが出来るだろうか。

もし夢を見ることが許されるなら「生きたい」と願う。

そんな未来をどうか授けてはくれまいか。


※以下今朝の詩


   一輪

花びらのようなひと
儚く潔く凛と咲く

まるで散ることを知って
咲いたようなひとであった

その微笑みにはどこか
翳りがあり胸がいたむ
紡ぐ言葉には命が宿り
その息が真っ直ぐに届く

「今日」があれば「明日」もある
淡々と綴られた日常のことさえ
輝いて見えるのはなぜだろう

見上げれば薄桃色の花びら
たくさんであってはならない
一輪だからこそ胸に沁みる

春の陽射しを浴びて
きらきらと輝くひとであった





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