ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年03月23日(月) 手の届かない太陽

夜明け前まで小雨が降っていたが直ぐに止み

日中は雨上がりの穏やかな晴天となる。

最高気温が22℃まで達しすっかり春の陽気であった。

優しい雨であったが催花雨とはならなかったのか

四万十も山里の桜もまだ咲かず待ち遠しくてならない。


SNSでは朝日新聞の記者さんが沈下橋と桜の動画を発信していた。

四万十市西土佐の風景であったが何と桜がほぼ満開である。

まさか去年の動画ではあるまいが信じられない気持ちでいっぱいになった。

誰が見ても四万十川沿いの桜並木である。


宿毛市もいち早く開花宣言があったが

平田町の桜並木にもまだ一輪も見られない。

何だか狐につままれたような気持ちになる。

遅かれ早かれきっと咲くのだが戸惑わずにはいられなかった。



仕事は月曜日らしく工場も事務仕事も大忙しであった。

義父もまた種蒔きをしており声を掛ける暇もない。

11トンもあった種蒔き用の土があと3トンになった。

おそらく後二回は種蒔きをするのだろう。

ハウスには大量の苗が運び込まれており

いざ田植えとなればどれ程の忙しさだろうと案ずる。

いくら機械任せであっても幾日も掛かることだろう。


午後も事務仕事に追われ定時では終われなかったが

諦めずにカーブスへ向かう。

仕事の疲れがあったのかイマイチであったが心地よく汗を流した。

先に帰るお仲間さんが「サニーマートで待ちよるけんね」と嬉しい一言。

会えるかなと楽しみに行ったが私が遅過ぎたようだった。


4時半に帰宅。夫の大相撲ロスを心配していたが

高校野球を観ていたとのこと。楽しみがあって良かったなと思う。

娘と夕食の支度をしていたらあやちゃんが二階から下りて来て

「何か手伝うことはない?」とにこにこの笑顔である。

こんなことが今まであったろうかと嬉しくてならなかった。

私は口出し出来ず娘に任せたがほのぼのとしたひと時であった。

あやちゃんにはもうトンネルの出口が見えているのだと思う。

しかしトンネルを出るにはまだまだ時が必要だろう。

急ぐことは何もない。ゆっくりと一歩ずつ進めば良いと思う。


夕食後、笠原メイさんの日記と詩を読んでいたら

「太陽を俎板に載せる」と云う表現があり目から鱗であった。

いったい他の誰がこんな表現が出来るだろうかと思う。

彼しか書けない素晴らしい感性である。

そのことを直接伝えたかったがやはり躊躇わずにはいられない。

一人のファンとしてそっと寄り添うことも肝心に思える。

彼の感性が眩しくてならない。

私のように感性の「か」の字も失ってしまった者には

まるで手の届かない「太陽」のようであった。


※以下今朝の詩


   蓬

草をかきわける
そうして見つけた蓬

愛犬はくんくんと鼻を鳴らし
今にも食べてしまいそうだ

まだ枯れ草の残る土手
土筆はスギナとなり
もう子供ではなかった
その若い緑と競うように
蓬の葉はいっそう萌える

懐かしい匂いがする
祖母の草餅だろうか
遠い昔のことが
昨日のように蘇る

愛犬は少し歩いては
宝物のように見つける
蓬は春を匂わせ
四万十の土手で生きていた



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