ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年03月22日(日) 花を咲かすために

朝のうちは雲間から青空が見えていたが

次第に雲が広がり午後には雨が降り出す。

気温は18℃まで上がっていたが肌寒く感じた。

この雨が上がれば桜の蕾が一気に花開くことだろう。

四万十の桜は開花が遅れておりまだ一輪も見られない。


今朝は玄関のシクラメンの花を数えてみた。

何と16本も咲いておりおどろく。

蕾は5本でまた明日咲くことだろう。

不思議なのは咲き終わった花が枯れないことだ。

もちろん散ることもなく行方不明となる。

いったい何処に消えてしまったのだろう。



のらりくらりの日曜日であった。

朝のうちに一時間寝て午後は三時間寝る。

あまり寝過ぎると夜の睡眠に支障が出るので

気を付けていたつもりだったが睡魔には勝てない。


息子から娘にラインが届きけい君の晴れ姿を見た。

ほっとしたのは母親であるお嫁さんの姿もあったこと。

離婚する前からしばらく会っていなかったが

以前よりふっくらとしておりとても元気そうである。

息子の計らいで両親揃っての卒業式となったのに違いない。

けい君がどんなにか嬉しかったことだろうか。

昨夜もここに記したがこれこそが「家族のかたち」だと思う。

これからも一緒に暮らすことはないが

どんなに離れていても父であり母であることに変わりはない。

何だか前途が一気に明るくなったような気がした。



夕方にはプチ旅に行っていためいちゃんが帰って来た。

「ただいまあ」と大きな声で家の中が一気に明るくなる。

何だか我が家は桜が満開になったようだ。

めいちゃんの学校は24日が卒業式でそのまま春休みになるとのこと。

春休みが終わればめいちゃんはもう6年生である。

甘えん坊で泣き虫のめいちゃんの大きな成長であった。

あやちゃんは中学2年生になるがのほほんと過ごしている。

自分の好きなように過ごすことが一番ではないだろうか。

三人の孫達の成長が生き甲斐のように思える。

私と夫は老いるばかりだが孫達には果てしない未来があるのだった。

その一コマをこの目で確かめたいと願わずにいられない。

そう思うとまだまだ死ねない。何としても生きたくてならなかった。


桜が毎年咲くだろう。もしかしたら永遠に咲くのかもしれない。


※以下今朝の詩


  催花雨

雨が近づいている
仄かに水がにおう

ふくらんだ蕾が
おおきく息をし
空に微笑みかけていた

灰色の空である
それは哀しみに似て
ふと失うのではと
不安になるけれど

蕾であることは
希望ではあるまいか

決して独りぼっちではない
たくさんの仲間がいる
それぞれの願いを込めて
空に想いを放とうとする

花として咲く日を待っていた
雨がそのまま命になろうとしている


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