ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年03月01日(日) 弥生ちゃん

風もなく穏やかな晴天。陽射しがきらきらと輝いていた。

家中のカレンダーを三月にすると何とも清々しい。

「啓蟄」「彼岸の入り」「春分」の文字を見ただけで

すっかり春の気持ちになりほっこりと心が和む。


朝のうちに真冬に着ていたもこもこの服を片付ける。

まだ衣替えには早いがもう着ることもないだろう。

ベットの敷毛布も洗濯し押し入れに仕舞いこむ。

もし寒の戻りがあっても掛毛布だけで十分だろう。


一時間程自室で過ごしていたが煙草を吸い過ぎてしまうので

茶の間に移動したら夫が西部劇を見ていた。

朝から鉄砲の音など聞きたくもない。

しかし文句も云えず炬燵に潜り込みそのまま寝入る。

目覚めれば今度は時代劇が始まっていた。


サニーマートに行けば「ひなまつり」一色なっており

ひなあられやケーキも並んでおり可愛らしくてならない。

我が家ではもうお雛様も飾ってはおらず

孫達にせがまれて飾ったことも遠い昔に思える。


お昼には「握り寿司」を食べた。

私が回転寿司に行ってみたいと云うと

出不精な夫は「もったいない」と宣う。

くるくると回って来るお寿司を食べてみたいものだ。


午後は例の如くでお昼寝。今日も3時まで寝ていた。

久しぶりに母の夢を見る。私はなぜか納豆巻を作っていた。

母が食べたかったそうでとても喜んでくれる。


高校時代に少しの間付き合っていた「哲夫君」も出て来た。

70歳のおじいさんではなく高校時代のままである。

母と哲夫君が納豆巻を食べている不思議な夢であった。


アマゾンで新しいシャワーヘッドを買ったので

夫が取り替えてくれたが簡単そうでけっこう時間が掛かる。

不器用ではないのだが工具が必要だったらしい。

節水率90%らしいが本当だろうかと思う。

我が家はシャワーを使うことが多いので少しでも節約になれば良い。


娘とめいちゃんが「しまんとピュア」でイベントがあり

ダンスを披露するらしく夕方から出掛けて行く。

帰りが遅くなるとのことで今夜は「鍋」にした。

山里のお客さんから頂いていた白菜が冷蔵庫の野菜室で成長していた。

まったく傷んでおらずすごい生命力だなとおどろく。

白菜たっぷりの鍋であった。白菜には甘味がありとても美味しい。


食後はもう日課になった「笠原メイ」さんの日記を読む。

閲覧数がもう700を越えたそうで凄い人気であった。

これからもどんどん人気が出るだろう。何だか自分の事のように嬉しい。

「あの子」と同じ年頃である。つい我が子のように思ってしまう。


今朝は弥生三月になったのが嬉しくて「弥生ちゃん」の詩を書いたが

例の厳しいK子さんにスルーされてしまい少し哀しかった。

決して不愉快な詩ではないはずなのにどうしてだろうと思う。

やはり「お花畑」でなくてはならないのだろうか。

春の陽射しを浴び輝く花の姿でなくてはならないのだろうか。


私だって人間である。どうして毎日お花畑に居られるだろう。

どんな日もあるからこそ毎朝詩を書くことが出来るのだと思う。

清々しい朝だとは限らない。鬱々とした朝もあるのだった。

そんな私のことを理解して欲しいとは思わないが

K子さんの行為が「愛」ならば受け止めようと思っている。


詩を書き始めて半世紀以上の歳月が流れたが

いまだ芽も出ず花として咲くことも出来ずにいる。

しかしそんなひっそりとした生き方が私は好きでならない。


※以下今朝の詩


   弥生ちゃん

今日は弥生ちゃんの誕生日
日曜日で良かったなと思う

お母さんもお父さんも
お仕事がお休みだから
晩ご飯がとても楽しみ

大好きな鶏の唐揚げ
ポテトサラダも食べたいな
そうしてチーズケーキ
蠟燭を8本立てて
ふうっと火を消すの

お父さんが写真を撮ってくれる
妹の小春ちゃんも嬉しそう
弥生ちゃんはおすましをした
だって笑ったら顔が
くしゃくしゃになるのだもの

庭の雪割桜が満開になって
おばあちゃんの畑には
菜の花がいっぱい咲いている

生まれた日のことは
何もおぼえていないけれど
きっとあふれんばかりの春

それはおとなになっても変わらない










 < 過去  INDEX  未来 >


anzu10 [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加