最高気温が19℃、春らしい気温となったが
風が強くさほど暖かさを感じなかった。
風がなければ汗ばむ程の陽気となったことだろう。
玄関先の葉牡丹が一気に伸びる。
買った時から小さな苗だったが
大きくなる種類ではなかったようだ。
ぐんぐんと伸びればもう直ぐ花が咲くだろう。
毎年思うのだが上手く種が採れない。
もし採れたとしてもいつ頃蒔けば良いのだろう。
朝の峠道を越え山里の民家が見え始めると
梅ではない桜でもない大きな木があって
今年も鮮やかな濃い桃色の花を咲かせている。
いったい何の花だろうと毎年思う。
山里でも他では見かけずそこだけに咲いているのだった。
道端なので写真を撮ることは出来るが
逆光になるのかその鮮やかさを綺麗に撮ることが出来なかった。
花の知識に疎く「知らない」ことがもどかしく思う。
ただ「ああ今年も咲いてくれた」と嬉しくてならない。

仕事は義父のおかげで順調であった。
午前中には車検が完了し後は納車するだけである。
新たな車検の車も入庫していたがお客さんに事情を話し
月曜日まで待ってくれることになった。
おかげで例の大型車の車検が出来るようになったのだが
どうしたことか走行不能になっていた。
工場から検査場へ運び入れることが出来ないのだ。
エンジンの調子は良く特に問題はなさそうである。
さすがの義父も頭を抱え原因を突き止めねばならない。
決してあってはならない事だが整備ミスかも知れなかった。
同僚に問い質すことも出来ず不具合を調べるのに時間を費やす。
義父は凡その見当がついたのかサイドブレーキの分解を始めた。
私も定時で終わるわけにはいかず3時まで様子を見ていた。
見ているだけでは何の助けにもならない。
義父が憐れでならなかったが声を掛けて帰路に就く。
その後義父からは何の連絡もなかった。
やっと漕ぎ付けたと思いきや奈落の底である。
月曜日になってみないと何も分からないが
どうかどうかと手を合わすばかりである。
それにしても今日の義父の何と頼もしかったことだろう。
いつもは同僚のしている仕事を全て引き受けてくれた。
お天気が良かったので農作業も気になっていただろう。
それなのに工場を見捨てずに居てくれたのだ。
私も二足の草鞋を履いていた時期が長かったので
「あちらを立てればこちらが立たない」ことがよく分かる。
身体はひとつきりなのにすることがいっぱいあるのだ。
若い頃にはそれも苦労とは思わなかったが
今ならきっとパニックになるだろう。
ひとつの身体にどうして「ふたつのこころ」が持てようか。
義父の苛立ちや焦りが身に沁みる程に理解出来る。
何事も順調に越したことはないが
誰一人として「ふたつのこころ」を持ち合わせてはいない。
※以下今朝の詩
雨上がり
雨がやんだらお別れなのね むかしそんな歌があった
別れは辛くかなしいけれど 潔く背を向けるのがいい
たくましく強い冬であった どれほどの冷たい雪も どれほどの冷たい風も 彼だからこそだと思う
きりりっとした顔 時には微笑みながら 冬の陽射しが降り注ぐ
雪が雨に変わる頃 彼は少し無口になった 伝えたいことなど もうないのかもしれない
さよならは別れの言葉ではなく ふたたび会うための遠い約束
そんな歌もあった
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