朝のうちは小雨が降っていたが次第に晴れて
午後には風もなくぽかぽか日和となった。
すっかり春だと喜んでいたのだが
明日の朝には氷点下の冷え込みとのこと。
まだまだ冬は心残りでならないのだろう。
寒暖差は身体に堪えるがもう少しの辛抱である。
今朝は玄関のシクラメンに水遣りをしていたら
にょきにょきと伸びた茎に蕾が七つも付いていた。
もうそろそろ終わる頃なのに何と逞しいことだろう。
あとひと月は咲きそうで嬉しくてならなかった

仕事は今日もてんやわんや。新たな車検の予約が入っており
義父が宿毛市まで引き取りに行ってくれた。
しかし同僚は例の大型車と格闘しておりどうしようも出来ない。
「さて、どうする」義父と話し合った結果
大型車の整備を義父と交代すことになった。
「なあに二日もあれば終わるぞ」と自信満々の義父である。
同僚も40年越えの熟練工であるが
60年越えの義父には到底適う訳がなかった。
来週も毎日車検の予約が入っておりお客さんに迷惑を掛けてはならない。
一致団結してこの急場を乗り越えようと思っている。
問題は義父の農作業でもう種籾の準備をしなければならず
このままでは今年の米が作れないと嘆いていることである。
にっちもさっちも行かないとはこんな有り様のことであろう。
カーブスと買い物を終えて4時過ぎに帰宅。
庭先の雪柳に西陽が当たりきらきらと輝いていた。
雪柳は日当たりの良い場所を好むそうできっと喜んでいることだろう。
一日のルーティンを無事に終えると何とも清々しく思う。
このまま順調な日々が続くことを願わずにはいられない。
先日SNSである方が「良い一日でありますように」と
コメントを寄こしてくれたのだが
偏屈な私は「良いことはなくてもいいです」と応えた。
とにかく悪いことがありませんように。そればかり願っている。
大地震が起きたり不慮の事故に巻き込まれたり
心臓発作を起こしてぽっくりと死んでしまうかもしれない。
それなのにどうして「お花畑」のような夢を見るのだろう。
「素敵な一日」も欲しいとは思わない。
そもそも「素敵」とはいったい何だろうといつも思っている。
雨の日も風の日もあるだろう。冬があるから春がやって来る。
もがきながら苦しみながらの日々であるからこそ
「平穏無事」が一番の幸せなのではないだろうか。
冬は何度も振り向きながらやがて去っていくだろう。
「寒さなくては花は咲かず」私の一番好きな言葉である。
※以下今朝の詩
窓
いろんなことがあったね うんどれもなつかしいね
自転車を飛ばして向かったバス停 窓際に座って海を見るのが好きだった
安田町に着くと西沢君がバスに乗り 目と目で「おはよう」を言った 胸がきゅうっと熱くなって嬉しい
学校が終わると「わじき屋」さんに行って 桜餅を一個だけ買うのも楽しみだった ほんのりと甘くて桜の葉も美味しい
バスに乗るとまた窓際に座った ずっと西沢君の背中を見ていた 一緒に座りたいなといつも思う
西沢君がバスを降りて行く 振り向くことはなかったが 走り去るバスを見送ってくれる
「また明日ね」心の中で呟く 道路から西沢君がバスを見上げていた 私の「窓」を見つけてくれますように
まるで神様がいるみたいに目が合う せめて手を振れたらいいのにと思う
海辺のちいさな町である 潮騒の音を聴きながら バスはゆっくりと走って行った
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