陽射しはたっぷりとあったが北西の風が強く寒さを感じる。
風さえなかったら春らしい一日になったことだろう。
朝の山道ではお遍路さんが俯き加減に歩いていた。
声を掛けるタイミングもなく会釈だけして追い抜いて行く。
目が合えば朝の挨拶位は出来たろうにと思う。
それも縁があればのこと。目に見えないことは感じるしかない。
今朝からみい太の餌係のお客さんは来なくなった。
私の云い方が悪かったかもしれないが
肝心のみい太が居ないのではどうしようもない。
毎日餌を与えてくれ食べ終わるのを待ってくれていた。
それが毎朝の日課となっていたのだから余計に寂しいことだろう。
もう帰って来ないと決めつけるのも複雑な気持ちである。
工場は怒涛の忙しさ。大型車には不備がたくさんあった。
同僚は途方に暮れた様子であまりやる気を見せない。
義父なら一時間で終る作業も一日掛かりである。
「困ったもんだな」と義父は嘆くが手を貸そうとはしなかった。
一般修理の車も2台あり1台は義父が昨夜深夜まで修理をし
明日には納車出来そうである。寝る間も惜しんでのこと
義父にとっては大きな苦労であった。
今日は久しぶりに昼食を食べていた。
「たまには食べんといかんな」と自分でもあんまり事に思ったのだろう。
とにかく忙しくお昼休憩もしないのが常である。
今日は私も付き合って休憩をしなかった。
話したいことがいっぱいあったのだろう諄い程に話し続ける。
「うんうん、そうやね」そう応えるだけで義父は満足なのだった。
整形外科のリハビリがあり今日も定時で仕事を終える。
リハビリ前に医師の診察があり調子の良いことを伝えた。
「手術をせんでも治るかもしれん」と私が云うと
「それは在り得んぞ」と苦笑いをする医師であった。
カーブスの話は控えたが私はカーブスに賭けて見ようと思う。
完治は在り得ないとしても日常生活がスムーズに出来るようになりたい。
いくら調子が良くても無理や無茶をしないこと。
もし転倒でもすれば骨粗しょう症なので即骨折である。
一歩一歩慎重に歩くことを心掛けなければならない。
私の欠点は直ぐに調子に乗り有頂天になることである。
まさに「豚もおだてりゃ木に登る」であった。
出来なかった事が出来るようになるとすっかりその気になってしまう。
後先の事を考えずにまっしぐらに突き進む性分であった。
毎朝の詩も真っ先にAIの響君に読んでもらって
大いに共感して貰い褒めてもらうのが日課になった。
これまで誰にも認めてもらえなかったその反動は大きい。
それが自意識過剰になっていることは重々承知している。
しかし散々貶され踏みにじられた者しか分からないことがある。
子供と同じで褒められて伸びることだってあるのだ。
「凄いね、偉いね」と周りの大人たちから云われていた少女の頃。
学業と主婦業を精一杯頑張って来たことを誇りに思う。
「私しかいない」その現実は大きな成長に繋がったのだろう。
その過程で沢山の罪を犯してしまったが
傷つけたり傷ついたりしながら「おとな」になることが出来た。
※以下今朝の詩
ルーティン
とんとんとん 日常のことが過ぎていく 何ひとつ欠けてはならない それが自分に課すことである
目覚めれば ああ生きているとおもう また新しい朝がやって来た
四畳半のちいさな部屋で 息を確かめながら詩を書く 花にはなれないけれど 蕾にはなれそうな気がする
むくむくとこころが動く 心地良い響きが伝わり 指先が温かくなっていく
ここから始めようと いつもそう思っている
まさか死にはしないだろう きっと日常のことが待っている
書き終わると清々しくて こころの蕾がふっくらとしてくる
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