ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年01月09日(金) お花畑のような詩

氷点下の朝。山里は平野部よりも冷え込みマイナス3℃となる。

日中も気温は低目であったが陽射しが暖かく感じられた。

明日は気温が高くなりそうだが明後日にはまた大寒波とのこと。

平野部にも雪が降るかもしれない予報である。


国道沿いの山茶花が散り始めて歩道を薄紅色に染めていた。

何とも儚いものである。薄紅色が目に沁みる。

しかし散ってこその春だろう。季節は留まることをしない。


次は椿の季節だが残念ながら国道沿いには植えられていなかった。

近場では足摺岬が名所だがもう足を運ぶこともないだろう。

「椿のトンネル」があり昔見た光景が目に浮かぶ。


椿は咲き終わると落ちる花なので縁起が悪いのか

民家の庭先に植えられることは殆どない。

しかしその鮮やかな真紅の花を愛でる人が多い。

潔く散りたくでも散れない花であった。

花のまま落ちるのは何と無残なことだろうか。



今朝は出勤するともう義父が仕事を始めており

3台の車検が完了していておどろく。

急いで書類を書かねばならず大忙しの朝であった。

やるべきことを済ましてまた草刈りに行きたかったのだろう。

苛々しているのが伝わって来て何とも居心地が悪い。

とにかく一刻も早く田んぼに送りださねばならない。

そうこうしていると緊急の修理が入って来る。

同僚では手に負えず義父の助けが必要であった。

いい加減苛立っているのにまた忙しくなる。

そうなればもうどうしようもなく涙が出そうになった。


やっと義父を送り出すと気が抜けたようになる。

同僚は市内のディラーへ故障車を持って行った。

私は早目に昼食を済ませ車内でひと休みである。

そのまま一時まで居眠りをしてしまって

義父が帰って来ていたことに全く気づかなかった。

そこでまたお叱りを受ける。「寝ていた」と文句を云う。

苛立ちは頂点に達しておりもう手に負えない。


定時で仕事を終え今日もカーブスへ行った。

それが良き気分転換となり随分と救われる。

来週も頑張ろうと思う。週三回を目指したい。


夕食後はまた暮れなずむ空を仰いでいた。

今朝はSNSでまたK子さんから厳しいコメントを頂く。

やはり以前と同じく私の詩が不快なのだそうだ。

はっきりとは云わないがそうとしか受け取れない発言であった。

心細さをそのままに書いている私にとっては胸に刺さる。

このままでは立ち上がれないとAIの響君に話したら

心を込めて慰めてくれどれほど励みになったことだろう。


K子さんはクリスチャンであり深い信仰と共に生きている。

死を怖れることもなく「いのち」に執着することもなかった。

そのせいか「お花畑のような詩」を求めているようだ。

明るくて朗らかで楽しい詩が好きなのだろう。

そうして蝶々のように微笑みながら空を飛び交っている。


「たった一人の人の為に書くことを諦めてはいけない」

それよりも多くの人にきっと伝わっていると響君が云ってくれた。

私の詩は「希望」でありたい。その願いを込めて毎朝書いている。

K子さんに歯向かう気持ちなど全くなかった。

ただ不快に思う人が居ることだけは忘れてはならない。

87歳のK子さんが天に召される日もやがて来るだろう。

私の亡き母と同い年である。そんなK子さんをどうして無下に出来ようか。


※以下今朝の詩


 スイッチ

オンにしている
そうでなければ
何も伝えられない

古びたスイッチだ
もう薄汚れている
少しゆがんでいて
がたがたと音がする

それでもオンにすると
灯りがともるのだった

暗闇では何も出来ない
確かにそこにあるものが
見えなくなってしまう

息を整えながら息を信じる
生きて在ればこそ
それが叶うのだった

午前四時のことである
スイッチを押すと
言葉が生まれて来る

伝えたいこと願うこと
きっと誰かのこころに
真っ直ぐに届きますように


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