日中の気温は14℃まで上がり風もなく暖かな一日だった。
この暖かさも今日までとのこと。
明日から週末にかけてはまた寒波到来の予報である。
幸い寒さに慣れて来ていて少しも苦にはならない。
寒さイコール「死」と思うこともなくなって来ている。
太っているからかもしれないが脂肪も役に立つようだ。
朝の国道でやはり皇帝ダリヤが気になり
少しスピードを落とし畑を覗いてみた。
切られた形跡は見られず掘り起こされた土が見えている。
畑の持ち主が何か作物を植えるのだろうか。
しかしこの季節に野菜の苗を植えるとは考えられない。
せめて根を残してくれていたらまた時期が来れば咲くだろうに。
毎年の楽しみだっただけに諦めることは出来なかった。
仕事はまた新たな車検が入庫しぼちぼちの忙しさである。
遠方に住むお客さんがバッテリー上りで義父が出張してくれた。
念のために新しいバッテリーを持参していて役に立つ。
愛媛県の愛南町であったが中古車を買ってくれてからの長い付き合いである。
近くに修理工場があっても必ず電話をして来てくれるのだ。
それだけ信頼してくれているのだろう。大切なお客さんである。
義父は帰って来るなりまた大急ぎで田んぼの草刈りに出掛けた。
事務仕事もぼちぼちの忙しさであったが
リハビリのある日だったので定時で退社する。
理学療法士のU君に会うのも久しぶりで胸がわくわくしていた。
施術を受けながら年末年始のことなどを語り合う。
私は息子とけい君のことを話した。
今日はリハビリ後に診察もあり30分程待っていた。
医師に「今年もよろしく」と伝えたら
「今年も辛抱するかよ」と笑い飛ばされてしまった。
医師にしたら今年こそは手術をさせたかったのだろう。
義父の話にもなり「もう一年か」とあっという間の月日である。
会社が無くなれば私も自由になるが
それは義父の「死」に等しい。それだけはあってはならないと思う。
帰宅が遅くなるため娘に買い物を頼んであったが
「今夜のおかずは何だろう」と楽しみでならない。
娘も「七草」が気になっていたようだが「まあいいか」と思ったそうだ。
作っても私と夫しか食べないのだ。何と無益なことだろう。
「七草」を食べなくても家族皆が健康に過ごせると信じて止まない。
冬至を過ぎてから少しずつ日が長くなっているようだ。
夕食後に窓から空を仰ぐと茜色の夕焼け空が見えた。
西の空が燃えているように紅く何と癒されることだろう。
陽は沈みまた昇る。当たり前のことかもしれないが
その瞬間を見るためにひとは生きているのかもしれない。
一日を折り畳むように仕舞えばまた新しい朝を開くのだ。
※以下今朝の詩
種
種を蒔けばきっと芽が出る 今日の種と明日の種 何と欲張りなことだろう
微笑むばかりの空じゃない 優しいばかりの風じゃない
土は母の面影をそのままに 受け止めてくれるけれど 甘えてはいけないのだと思う
農夫のような日々の暮らし 種を信じてこその希望である
雨は降り過ぎてはいけない 潤うことのためだけに降る
土に埋もれて息をすれば 一心を貫くように むくむくとした命となる
種を蒔くそれは日々の糧である
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