ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2025年03月11日(火) 14年目の春に

静かに霧雨が降る。まだ春雨とは呼べず肌寒さを感じた。

国道沿いの白木蓮の蕾が日に日に膨らんでおり

あと数日もすれば花が開くだろう。

幼子が手のひらを合わせたような純で無垢な花であった。


東日本大震災から14年。未だに心が痛んでいる。

今朝は14年前の3月の日記を読み返し胸が詰まりそうになった。

平穏な日々があれほど心苦しかったことはない。

「普通にしていればいいよ」と言ってくれたのはRだったが

音信不通になってからもう随分と歳月が流れた。


大勢の尊い命が失われ未だ行方不明の人が2500人を超す。

どんな姿でもいい帰って来て欲しいとどれほど祈ったことだろう。

まだ終わってなどいないのだ。どれ程の春であっても変わりはしない。





職場に古い友人のるみちゃんが訪ねて来てくれた。

先日新車を購入してくれてその支払いに来てくれたのだった。

電話では時々話すことはあったが会うのは14年ぶりである。

共に汗を流したバドミントン仲間であり何とも懐かしくてならない。

るみちゃんは私よりずっと若いがそれなりに年を重ねていた。

70歳が近くなった私はどんな風に見えたのだろうか。

亡き母にそっくりになったねと言ってくれたのが意外だった。

それもそのはずるみちゃんは70歳頃の母しか知らなかったのだ。


仕事が忙しくつかの間の再会であったが「また会おうね」と

るみちゃんは車の窓から手を振って帰って行った。

嬉しいような切ないようなもしかしたらもう会えないのかもしれない。

また歳月に押し流されてしまうだろう。そうして私は老いて行く。

やがて最後の春を迎えれば桜が散るように逝かなければならない。


けれどもそんな儚さに挫けていてはいけないのだろう。

負けない程の勇気はないが立ち向かうことは出来るかもしれない。

一歩一歩踏みしめるように与えられた道を進むことは出来るだろう。

終らない人生など在りはしない。けれども精一杯に生きることは出来る。


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