曇り日。時おり霧雨が降る。まるで春先の雨のようだった。
気温は20℃程で蒸し暑くはないはずだが何故か薄っすらと汗をかく。
太っているせいかもしれないが随分と汗っかきになったようだ。
今朝は「つわぶきの花」の詩を書いた。
書こうと思って書いたわけではなく自然と頭に浮かんで来たのだった。
書いた後の何と清々しかったことだろう。
いつも読んでくれている大阪の詩人さんが声を掛けてくれて
今まで書いた詩をまとめて詩集を出す予定はないのかと訊かれる。
そうして私の詩集を読みたいとまで言ってくれたのだった。
これほどの励みがかつてあっただろうか。何とも嬉しくてならない。
しかし残念ながら詩集を出す予定などあるはずがなかった。
まだまだ未熟である上に経済的な余裕が全くない。
貧乏人に詩集など到底無理な話であった。
返答に戸惑ったが本当の事がどうして言えよう。
「柴田トヨさんが目標です」と咄嗟に応える。
100歳の詩集を出すのだ。それが私の夢でもあった。
その為には何としても元気で長生きをしなければならない。
夢は叶えるためにあるのだそうだ。生きてこその夢である。
今朝は母の遺影に手を合わせ「お金が転がり込んで来ますように」と祈った。
そうしたら出勤するなりお客さんが支払いに来てくれて驚く。
金庫は空っぽだったのでおつりが無く焦りまくってしまった。
私の財布からと同僚からも借りて何とかその場を凌いだ。
お客様は神様である。朝一からこんなに嬉しいことがあるだろうか。
お昼前にもお客さんが支払いに来てくれた。
新札の一万円札ばかりでこれもまた嬉しい。
二人分を合わせると何とか月末を乗り越えられそうだった。
欲を云えばもう少しと思っていたら午後からもお客さんが来てくれる。
7月分の支払いだったので思いがけずに何と嬉しいことだろう。
今日はいったいどうしたことかと不思議にさえ思った。
ふっと事務所の机の前に貼ってある母の写真と目が合う。
「そうか、お母さんやね」と思わず声を上げていた。
母が助けてくれたとしか思えない。奇跡のような一日であった。
もう思い悩むこともない。安心して月末を迎えられそうだ。
仕事も順調にあるのだからまたお金が転がり込んで来るだろう。
自転車操業なのだからとにかくペダルをこぎ続けなくてはいけない。
不安が一気に無くなると目の前がぱあっと明るくなった。
ゲンキンな話だが「何でもかかってこいや」と思えるようになる。
油断をしていたらまた窮地に陥るかもしれないが
笑う門には福来るである。とにかく笑顔で頑張ろうと思った。
嘆いたりくよくよしていたら貧乏神に捕まってしまうだろう。
難破船のような会社であるが前途洋々と船を漕ぎ出して行く。
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