梅雨空の予報だったが思いがけずに青空が広がる。
気温も30℃を超えすっかり真夏の暑さとなった。
エアコンの効いた室内に居るのが心苦しくてならない。
同僚は工場で汗だくになって働いてくれていた。
気遣えばもう慣れているのだそうだ。
「夏は暑いに決まっちょるやいか」と笑顔を見せる。
義父は朝から長靴を履いてざわざわとしていた。
田んぼの様子を見に行っていたのだろうか2時間程で帰って来る。
そのまま車検をし書類を書き終えたらもうお昼であった。
今日も車検の予約が入っていたのだがお客さんが来店しない。
何度か電話をしてみたが一向に連絡が取れなかった。
お昼ならと思い再度電話をしたらやっと繋がる。
予約をしたことをすっかり忘れていたのだそうだ。
「イマカラスグイク」外国人のお客さんなので片言の日本語である。
それから5分もしないうちに来てくれて「タイヤチェンジスルヨ」
「オイルチェンジスルヨ」となり代車に乗って帰って行く。
午前中は畑仕事をしていたらしくもんぺ姿が良く似合っていた。
山里へ移住して来てかれこれ8年位だろうか。
最初はご主人の通訳が必要だったが随分と日本語が上手になった。
一番好きなお客さんは?と訊かれたら私は迷わず「ロージー」と応える。
やっと決算の準備を始めたので仕事はいくらでもあったが
あとは明日と決め3時過ぎに退社する。
程よい疲れであった。帰ったら少し横になろうと思っていたのだが
そうは問屋が卸さず洗濯物を畳み終えたらもう5時であった。
夕飯は相変わらずの手抜きだったが胡瓜と蛸の酢の物だけは作る。
サニーマートのお惣菜はどれも家族に不評で頭を悩ます。
いつも残ってしまい翌朝私が後始末をするのが習いである。
もう一品何か作りたいがとても手に負えなかった。
こんなことがいったい後どれほど続くのだろうか。
今朝はほんの遊び心でSNSに高校時代の写真を貼った。
自分で云うのも何だがけっこう可愛らしかったのだ。
しかし50年の歳月の何と残酷なことだろう。
今ではもうその頃の面影など少しも残ってはいない。
目と口はあるがもはや化け物であった。
遊びだったので直ぐに削除しようかと思ったが未だ残してある。
思い出がいっぱいなのだ。17歳の青春の真っ只中のこと。
写真を撮ってくれたのは誰だったのかどうしても思い出すことが出来ない。
海辺の町で潮風に吹かれながら私は少女から「おとな」になった。
|