曇り時々雨。湿度が百パーセントではないかと思う程の蒸し暑さだった。
七月文月となり今日は半夏生だとか。元々は農事の繁栄を祈る日らしい。
義父の田植えは無事に終わったようで何よりだった。
けれどもまだ後始末があるそうで今日も気忙しそうにしていた。
稲穂が見え始めたので晴天になり次第消毒もしなければいけない。
農薬が年々値上がりしており頭を悩ませている様子だった。
そうかと云ってお米は値上がりしない。とても理不尽に思えるが
それだけお米が有り余っているのだろう。残念なことである。
仕事はけっこう忙しかった。
請求書を作成したり車検案内の葉書を出したりする。
決算の準備もしなければいけないがそこまで手が回らない。
明日こそ明日こそと思っているうちに日々が流れるばかりであった。
昔とは違うのだ。テキパキと何でもこなすほどもう若くはない。
昼休みはあって無いようなものだが日課の短歌だけは書き終える。
SNSへ発信すればほっとして心地よい達成感があった。
それからこの一週間に詠んだ短歌から2首を選び新聞に投稿する。
自分では自信作のつもりだが現実はとても厳しい。
「これでもか、これでもか」と思いながら投稿を続けている。
先日は「高知県文芸賞」の応募案内が届いていた。
毎回応募している者には届く仕組みになっているようだ。
私は短歌よりも詩に重点を置いている。
4年前だったか奨励賞を頂いた時には夢のように嬉しかった。
しかし募集要領には未発表の作品に限ると明記してあり
電話で確認したらSNSで公開した作品は発表したとみなされるのだそうだ。
それを聞いてがっくりと肩を落とす。今回は諦めるしかあるまい。
私の詩や短歌は全て「オン書き」でありノート等に書くことはなかった。
いわば即興であり即詠なのである。悪く云えば行き当たりばったり。
いつの頃からだろうパソコン画面に向かってしか書けなくなってしまった。
その空白があってこそ湧き出す言葉があるのだろう。
今更その書き方を変えるつもりはなかった。
それは私自身の心を見失うことにも等しい。
だからこそ一生涯そんな自分らしさを貫きたいと思っている。
4年前の詩は今だから明かすが古い詩のノートに書いてあったものだ。
父が亡くなった直後に書いた詩だから20年近く経っている。
今思えば私はとても卑怯な真似をしたのかもしれない。
けれども賞を頂いたことで父の供養になったのだと思っている。
誰よりも私の文芸活動を応援してくれていた父であった。
生前の父に最後に会った日に「おまえは短歌をやれよ」と言ってくれた。
私はそれを父の遺言だと思って短歌を忘れることは決してなかった。
詩も短歌もと欲張りなのは重々承知している。
詩人でもなく歌人でもない。詩集も歌集も出すことはないだろう。
私はひたすらパソコン画面に向かって「いのち」を捧げている。
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