ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2024年06月30日(日) 心の琴線

曇り日。風はあったが不快な程の蒸し暑さだった。

扇風機ではとても耐えられずエアコンのお世話になる。

娘達は朝からエアコンをフル稼働しており

夫が「俺らが我慢することはないぞ」と苦笑いしていた。

電気代は馬鹿にならないが快適に過ごすことが一番なのだろう。


サニーマートが開店する9時を待ちつつ自室で過ごしていたが。

ひっきりなしに煙草を吸ってしまい我ながらうんざりとする。

とにかく部屋から出なければいけないと茶の間に行ったら

夫が録画してあった洋画を観ていた。

戦争映画のようだったがそれがなんとも残虐である。

後から後から人が死んでいく。小さな子供も乳飲み子さえも。

母親は犯され乳房を抉り取られそうになっていた。

「もう止めて」の一言が云えない。夫は食い入るように観ている。

「コンナヒトナノダナ」と改めて思う。

価値観とはまた違うのだろうがとても共感など出来なかった。


買い物から帰宅すると今度は別の洋画を観ていた。

缶コーヒーのCMによく出ている俳優さんで名前は知らないが

見知った顔なので興味が無きにしも在らずだった。

戦争映画のように残虐ではなかったが怖ろしい場面ばかりである。

途中からだったので夫にあらすじを訊ねたら

ロサンゼルスで地震があって地下の火山が爆発したのだそうだ。

街中には溶岩が流れ込み人々はパニックになり逃げ回っている。

夫にとってはスリル満点のようだが私はひたすら怖ろしくてならない。

「モウイヤダ」と思う。逃げるように自室に向かいまた煙草ばかり。

手も口も切って捨てたい。なんだか気が変になってしまいそうだった。





午後4時過ぎ、あやちゃんが珍しく部屋に入って来て

またSNSの話になった。今日の私のポストを見せる。

そうしたら今朝のポストに昔の写真を載せていたのがいけなかった。

夕陽を背にしたあやちゃんとめいちゃんの写真で

逆光なので顔は判別できないと思っていたのだが

「どう見てもこれ私じゃんか」とお叱りを受ける。

6年前の写真であっても絶対に許さないと言うのだった。

即刻削除を言い渡されあやちゃんの監視のもとに削除した。

「いっぱいいいねが付いていたのに」と私が反論すると

「誰もいいねと思って押してないよ」と真剣な顔をして言う。

SNSとはそう云う場所なのだそうだ。

お説教はまだまだ続きうかつに人を信用しないこと。

顔も知らない人と仲良くなったりしないこと。

最後に「ネットは危険がいっぱいながやけんね」だった。


まるで大人が子供に云うようなことであった。

でもそれだけ慎重に考えて行動しているのだと思う。

とても12歳とは思えないしっかりとした考えだと感心したのだった。

私は自分の迂闊さを深く反省し今後に活かさなければいけない。


思い起こせばネット生活も25年程だろうか。

様々なトラブルに巻き込まれ人を傷つけたりその反対もあった。

それでも私は人を信じることを止められずに今に至っている。

顔が見えないこそ魂が触れ合うのではないだろうか。

心の琴線に触れる「縁」を大切にしたくてならない。


 < 過去  INDEX  未来 >


anzu10 [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加